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第44話:その者、禁忌の代行師10


 キリル教授は焦っていた。


「畜生!」


 荒々しく自身の魔術研究論文を纏めて革の鞄に押し込む。


 夜逃げになるが身の振り方自体は間違っていない。


「教会の手が学院まで伸びるとはな!」


 ソレについては今更だが、上手く隠してきたはずなのだ。


 教え子が凡ミスさえしなければ。


「おのれ……っ!」


 憤怒は教会に向けられていた。


「このままでは終わらん! いつか必ず神の下僕どもには復讐してやる!」


「なら話は早いな」


 キリル教授ではない声が研究室に響いた。


「……っ!」


 教授は声のした方を見る。


 研究室の窓に腰掛けて、和刀を抜いて肩にかけている黒髪黒眼に黒衣礼服の姿の少年がいた。


「生徒アイン……」


「よう。こんな時間にお引っ越しの作業か? 慌てなくても教会は逃げんぜ?」


「全てを知っているようだな審問官……」


「俺は審問官じゃねえよ。なんでどいつもこいつも俺を審問官にしたがるんだ……」


 やれやれと首を振るアイン。


「では何故ケイオス派と対立した!」


「ま、仕事故な」


「であるから審問官であろう!」


「んにゃ? そのもう一個上」


 左手の人差し指を伸ばして天を指し示す。


「もう一つ上だと……? まさか……!」


「神罰の地上代行師。代行師って言えばわかるか?」


「まさか……代行師が学院に潜り込むなど……!」


「それについては完璧に偶然なんだがな」


 アインはお家の都合上学院に通い始めた身だ。


 正直なところを言えばこの展開は入学当初は頭になかった。


「まぁ魔術学院はその性質上、魔術犯罪者の温床ではあるが……教授クラスにケイオス派が紛れ込んでいるとはな」


 業が深いとアインは言う。


 ケイオス派。


 それは大陸において教会と永い歴史の中で暗闘している外道魔術師の集団だ。


 人間のアンチテーゼである魔族と契約し、自我と引き替えに強力な魔術を行使し人を害為す一個集団。


 魔族が唯一神教において人間の敵とされている現状……魔族と契約した人間は粛正の対象だ。


「もうほとんど魔族に意識を持って行かれてるだろお前?」


「それがどうした!」


「粛正の対象だ」


 アインはサクリと言ってのける。


「――アイデンティティブレイク!――」


 教授が呪文を唱えた。


 洗脳魔術の一種。


 ただし洗脳とは少し違う。


 術名の通り自我を破壊する魔術。


 が、アインは平然としていた。


「なるほどな。それが魔族から得た力か。俺以外に対してなら無双できるな。さすがに魔族の恩恵を得た魔術師は一味違う」


「馬鹿な! 何故通じない!」


「お前もシャウトを通じて知ってるんだろ? 俺には暗殺者の襲撃も……学食の食事における毒の混入も……アンネの自爆も……それぞれに通用しなかった。今更その程度の魔術が効くと思っているのか?」


「その物理的防御でどうやって精神を防御できる……?」


「そもそも」


 アインは呆れ果て、鬼一の背で肩を叩いた。


「何で精神が物理的じゃ無いと思うんだ?」


「物理的だとでも言う気か!」


「ま、心と体を切り離して考えるのはこの世界の悪い癖だわな」


 特に意識するでもなくアインは言ってのけた。


「さて、話を戻すか」


 アインは腰掛けた窓から研究室内に入る。


 散らばった論文を踏みながらキリル教授に近づいていく。


「俺は神罰の代行師。貴様ら魔族の悉くを神の名の下に粛正する」


「……っ!」


「じゃあな」


 型通りに刀を振るってシャウトの時と同様、その双眸を切り裂く。


「殺人禁止ってのも考え物だな……」


 純粋な魔族ならともあれ、魔族と契約した人間相手には手心を加える必要がある。


「ま」


 とアインは嘆息。


「とりあえず害虫を駆逐できただけでも良しとするか」


 そうやって自分を慰めるしかない。


「とはいえ」


 さらに嘆息。


「これだけわかりやすくケイオス派が炙り出せるなら潜在的な容量はどれだけだ?」


 そう自問せざるを得ない。


「魔族も何を考えて人間と契約してるんだか……」


 もとより人間のアンチテーゼである。


 一種の契約する種族を除けば、純粋に人間を襲い殺す存在。


 であるため教会協会の審問官や傭兵ギルドのメンバーなどが魔族から人間を守るために活躍し、それが英雄譚としてサブカルになるのだが。


「枢機卿猊下」


「何でっしゃろ?」


「キリル教授の身柄はこちらで保護しますがよろしいですね?」


「押し付けられても困るだけだしな」


 アインは苦笑した。


「では此度の代行……お疲れ様でした」


「まったくだ」


 屈託がないのはアインの長所である。


「あとは好きにしてくれ。俺は寝る」


 リリィにも世話をかけているしな、と付け足すアイン。


 この後やるべきことは決まっている。


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