第43話:その者、禁忌の代行師09
次の日。
その丑の刻。
アインは学院にある庭の一つの中心に突っ立って招いた客を待っていた。
広く取られた庭だ。
さすがに時間が時間なため人の気配はない。
涼やかな夜風に身を任せていると、
「やあ」
と声をかけられた。
金髪の溌剌とした美青年。
誰あろうシャウトである。
「君から誘ってくれるとはね。正直意外だった」
「ま、たまには返礼しないとな」
「漸く俺の愛が身に染みたと云ったところかな?」
「さほどでもないがな」
「ふむ……」
スッと眼を細くするシャウト。
アインが昼の内に約束を取り付けて、この時間かつこの場所で邂逅することを望んだ。
少しのリップサービスを乗せるとシャウトは嬉しげに唯々諾々。
今この場に現れた、と云った具合だ。
睦言を紡ぐ時間ではあるしシャウトの意識もそこに帰結するが、アインに毛頭そんな気は無い。
「では何故俺を呼んだ?」
「お礼参り……といえば通じるか?」
「礼ね」
シャウトはすっとぼける。
「でも口端を読むに抱かれる気でも無いのだろ?」
「当然だ」
「俺は何か君にしたかな?」
「昨日な」
「昨日?」
ますますわからないとシャウト。
「アンネが自爆した」
「…………」
「当然知ってるよな? 成り行きを監視していたんだから」
「何のことか分からんよ」
「それならそれでいいさ」
アインは酷薄の笑みを浮かべた。
「殺すだけだ」
「なんの正当性があって?」
「ケイオス派だろお前?」
「何を……っ!」
動揺が走る。
あまりに唐突な事実の指摘に仮面が剥がれた。
「別段アンネと関係ないならそれでもいいさ。だが魔族を放っておくってのもマズいしな。別段アンネにチャームの魔術をかけて……それから俺を自爆に巻き込んで暗殺しようとしたことなんざ実を言えば些事だ」
ただただ人間に対するアンチテーゼ……魔族の存在を容認できない。
それがアインの此度の行動だ。
「何処で漏れた……」
「口を滑らせたお前が悪い」
「俺は何か言ったかな?」
「風の噂で俺が審問官かもしれないと聞いたって言ってたろ? 生憎だが俺と教会の関係性は秘中の秘だ。風の噂で聞けるような事柄じゃねえんだよ」
「ということはやはり審問官か……」
「それは本当に違うがな」
言いながらスッとアインは左手をシャウトに向けた。
ほぼ同時に、
「――ディスペルフィールド!――」
シャウトが魔術を行使する。
ディスペルフィールド、
ある一定空間内での魔術の行使を封じる魔術だ。
「生憎だがこれで魔術は使えないよ。君は剣を常に身につけているけど俺に勝てるとは自惚れていないだろう?」
「その程度は自惚れにすらならんがな」
アインの返答も中々だ。
「では尋常に剣で勝負といこう。こっちとしてもケイオス派だと知っている人間は好ましくない。君のことは愛しているが、まぁ悲恋も愛の一つの形だろう」
スラリとシャウトは両刃の片手剣を抜いた。
アインはと云うと、シャウトに向けていた左手を真横に持って行き、斜め四十五度ほど夜空に向ける。
そして呪文。
「――迦楼羅焔――」
反応は盛大だった。
夜空に目掛けて突き出したアインの左腕……そに炎が蔦のように取り巻くと左手の先の空間に収束していき苛烈な熱を持ち業火へと変じる。
その灼熱の炎は大きく翼を開いて神鳥へと形を為すと翼で風を打ち夜空目掛けて羽ばたき……月を隠す雲へと至り、あまりと言えばあまりな大爆発を起こして暗雲を吹き散らした。
「馬鹿なっ!」
二重に驚くシャウト。
一つはディスペルフィールド内で術を行使したこと。
一つはその威力が風属性であるはずのアインの火の魔術がプロフェッショナルさえ足下にも及ばない火力を持ち得たこと。
「何故ディスペルフィールドが機能しない! 貴様、何をした!」
「特に何も」
平然とアインはうそぶく。
特にディスペルフィールドに細工をしたわけではない。
ディスペルフィールドは魔術の起動を防ぐもの。
が、アインが先に行使した迦楼羅焔は禁術。
魔術とは反対のアプローチで奇跡を起こす禁忌の一手。
事細かに説明する気にもなれないが。
「馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な!」
狼狽に狼狽を重ねるシャウト。
ディスペルフィールドは自身の魔術さえ封じてしまう。
そうである以上、追い詰められたのがどちらかはあまりにも明白だ。
「さて」
スッと左手を下ろすとアインは鬼一の鞘を握る。
抜刀術の構えだ。
京八流の三抜手が一つ……溜抜。
鬼一がアインに伝授した京八流における表の技の一つ。
「お前には四つの選択がある」
「なにを……っ」
「一つは俺を害そうとして返り討ちに遭うこと」
「……っ!」
「一つは逃げようとして背後から俺の攻撃を受け命を落とすこと」
「止めろ……」
「一つは自決してここで果てること」
「止めてくれ……」
「一つは投降してケイオス派について洗いざらい喋ること」
「投降する!」
シャウトの決断は早かった。
「投降するから殺さないでくれ! 何でも話す! むしろ教会に協力する! だから命だけは!」
「アンネの命の贖いはどうするんだ?」
「あれは命令されて仕方なく……!」
「ほう?」
そしてシャウトは此度の一連の流れを吐露してのけた。
「なるほどな」
「有益……だったか……?」
「ああ、お手柄だ」
「では俺を……!」
「ああ、助けてやる」
「……っ!」
アンドの息をつくシャウト……ソに目掛けて縮地を使い一瞬で間合いを詰めると鞘から刀が放たれた。
居合い。
それはシャウトの双眸を綺麗に切り裂く。
「……っがああああ!」
「神の御許で懺悔しろ。咎人さえ神は助けてくれるからな」
「後は私の管轄で良いのでしょうか?」
陰から赤い瞳で状況を把握していた教会協会の審問官……ライトが眼を押さえて苦しがるシャウトの首根っこを捕まえた。
「好きにしろよ」
アインは鼻を鳴らしてそう言った。
夜はまだ終わらない。