第4話:十年後03
山賊の襲撃というトラブルもあったものの、それ以降平穏無事に馬車は街道を進んだ。
神都で下りて、十年前の記憶を頼りに魔術貴族……クイン家の屋敷に出向くアイン。
立派な屋敷であるから十年前と寸分違わず……それが少しだけアインの胸をついた。
アインの服装は黒衣。
黒髪黒眼であるため黒がアインのパーソナルカラーだ。
そしてアインは十年ぶりに実家の玄関をノックした。
歓迎したのは使用人。
燕尾服を着た執事だ。
「お帰りなさいませアイン様。お館様がお待ちです」
「さいでっか」
特に感慨は無い。
そもそも魔術を使えないと言うだけで田舎に身柄を押し付けたクイン家のやり方に同意できるはずもない。
何があって今更呼び戻されたのかは不明だが、場合によっては拒絶もあり得る。
少なくともアインを貶め島流しにしたクイン家にアインは期待の一切をしていなかったのだった。
「アイン様。お飲み物に希望はございますか?」
「じゃあチョコレート」
「かしこまりました」
そして執事は使用人に命令を下した。
使用人がパタパタとキッチンに駆け込む。
そちらから意識を外してアインは執事について行く。
辿り着いた場所は客間。
少なくとも十年前の記憶が正しいなら……だが。
「どうぞアイン様」
客間の扉を開けて執事が入室するよう促す。
気後れ無くアインは客間に入った。
「来たか」
簡素に言ったのは青い髪に青い瞳の偉丈夫。
アインの父。
クイン九世だった。
この世界に名は有っても姓は無い。
仮にクイン家ならば継承した子孫が名を剥奪されクインと名乗るように強いられるのだ。
故にクイン九世の本当の名はクイン家を引き継いだと同時に抹消されクインという名を名乗らされていると……そういうことである。
「遅かったな」
アインがソファに座るなり、いきなり皮肉を口にするクイン。
「あまり積極的にも為れないし」
アインは肩をすくめた。
まったく気後れしていない。
そもそもにおいてクイン家に怯む必要も無いのだ。
鬼一に虎の巻を伝授されてからアインの自己同一性は確固たるものとなっている。
そこまでは理解していないとしても、
「アインが不遜である」
ことは当主クインも察してのけた。
「この失敗作が!」
アインを貶める。
「で? その失敗作に何用で?」
飄々とアイン。
萎縮する必要も謙虚に振る舞う必要も無い。
不遜。
一言で言えばそうだろう。
ソレがクインの神経を逆撫でする。
「調子に乗るなよ失敗作……!」
「では失敗作に用は有りませんね。義父と義母の元に帰らせて貰います」
そう言って席を立とうとしたアインに、
「座れ」
とクインが命じる。
「失敗作に用なんてないだろ? それでは……」
サクリと言って客間を出ようとしたアインに、
「座ってくれ! 頼む!」
クインが押し留めた。
「はあ」
ぼんやり肯定して再度座るアイン。
「で? 何用?」
さしものアインも当主の態度には疑念を覚える。
「面倒事じゃのう」
「黙らっしゃい師匠」
思念でやりとりするアインと鬼一。
「失礼します」
使用人が謙虚に入室してきた。
それからクインにコーヒーを、アインにチョコレートを差し出して部屋を出る。
アインはチョコレートを飲む。
苦いカカオの味が口に広がる。
むしろそれが心地いい。
基本的にチョコレートは砂糖とミルクを入れるのが常道だが、アインは苦い薬用チョコレートを好む傾向にあった。
特に自慢できる事でも無いが。
当主クインが口を開く。
「田舎の生活はどうだった?」
四方山話だ。
「まぁ中々刺激的な毎日だったね」
嘘ではない。
説明不足でもあるが。
「魔術は覚えたか?」
「さっぱり」
淡々と。
「才能が無いんだろう」
チョコレートを飲みながら言う。
「少しは期待したんだがな」
「失敗作と言った言葉をもうお忘れで?」
皮肉に皮肉で返す。
「痴呆の兆候があるな。お兄様方に家督を譲って隠居されれば?」
「ソレが出来ればとっくにしているっ」
悔やむ様にクインは言った。
「で、俺に何用で?」
「…………」
クインは睨むようにアインを見やり、
「家督を継いでくれ」
そう言った。
「…………」
アインはしばし父の述べた言葉を理解できなかった。
チョコレートを飲んで思案し、
「何故?」
と必然の質問をする。
ほとんど考えを纏めるための時間稼ぎのソレだが。