第39話:その者、禁忌の代行師05
「はぁ」
アインは嘆息した。
学院に入ってもう何度目か。
数えるのも馬鹿らしい。
「何か不備があったでしょうか?」
リリィは不安げだ。
「んにゃ? リリィのご飯は美味しいぞ? さすがだな」
「光栄です」
はんなりと笑う。
癒やされるアインだった。
「それでは何かしら憂慮でも?」
「色々とな」
決闘もそうであるし、教会として動かなければならないのもそうだ。
「何かしら悩み事がございますなら私にも共有させてください」
頬を染めながら愛くるしいことを言う。
「私如きが助けになるとは思えませんが……」
「良いじゃないか」
久しぶりに声を震わせて鬼一が言う。
「少しは重荷を背負わせれば」
「鬼一様の仰るとおりでございます」
「まー、何だ……」
しばし悩む。
少なくとも後者については話すわけにはいかない。
バレた瞬間に即死級だ。
であれば話題は前者だろう。
「決闘があるだろ?」
「アンネ様をめぐって」
「どう対処したものか……と」
「一応、決闘一つでは使い切れない魔力を封入するつもりですが」
「それについては感謝している」
そもそもリリィが居なければアインは学院に入ることが出来なかったのだ。
別に退学処分を受けてもいいのだが、あまり先のことは考えていない。
「相手が俺より強い風使いだろ?」
「ですね」
「こっちの持ち手は二つ。エアエッジとエアバリア」
「バランスが良いと思いますが……」
「どうだかな……」
リリィの夕食を一口。
「適当にあしらって小生を突きつければ良かろう」
「師匠にも手伝って貰うぞ」
「何をせよと?」
「風属性への対抗魔術くらい使えるだろ」
「然りじゃが」
というかそんなレベルですら無い。
こと魔術という観念において鬼一法眼は究極の一例だ。
アインが面倒を嫌いバランスの良い風属性を選んだためその通りになったが、鬼一においてはもはや魔術技能は多種多様の戦略レベルである。
「鬼一様は魔術をお使えに?」
「ま、一応ではあるんじゃが」
元がインテリジェンスソード。
意志のある者が魔術を使える以上、鬼一とて例外ではない。
「ではその持ち主であるアイン様は鬼一様を握っている限り魔術を使えるのでは?」
「まぁそうなんだが……」
あまり深く喋れば禁術の領域について話さねばならなくなる。
それはアインも鬼一も望んでいない。
「とまれ決闘をどうやったら穏便に負けられたものか」
アインの悩みはそこに帰結する。
「勝ってください」
リリィは無茶を言った。
「なして?」
「アンネ様はアイン様に惚れています故」
「他人だろ?」
「本当に?」
「…………」
アインにしては珍しく反論しなかった。
偽悪者になるのは簡単だ。
しかしそれで解決する問題でも無い。
「はぁ」
結局嘆息するしかなかった。
リリィの作ってくれた美味しい夕餉も魅力半減だ。
「鬼一様」
リリィが言う。
「なんじゃらほい?」
「アイン様を助けてあげてください」
「うむ」
鬼一はしっかりと肯定した。
頷く首を持ってはいなかったが。
「美少女の頼まれごとならば引き受けないわけにはいかんのう」
「エロ親父め」
「リリィと一緒に風呂に入っているきさんが言うか?」
「…………」
アインは黙秘権を行使した。
「まぁ結局勝たざる得ないのがな……」
レジデントコーピングを学院にバラすわけにはいかない。
試合開始直後に即降参というアイデアも考えたが、その場合クインの家に傷がつく。
ついてもいい傷だが、それはそれで面倒だ。
結局面倒事を起こさず事態を収拾するには相手の攻撃に対しレジデントコーピングを使わずに勝利するしかない。
つまり完封勝利が求められる。
これはこれで面倒事であるため忌避したいのは山々だが、
「大丈夫です。鬼一様を握ったアイン様なら楽勝です」
リリィの煌めきの瞳を見て、負けという概念を払拭できるアインでもなかった。
「乙女の祝福があるのじゃ」
鬼一はカラカラと笑った。
「これでは負ける方が難しいじゃろう?」
「師匠は気楽で良いな」
「ま、暇つぶしには持って来いじゃ」
死ねばいいのに。
そんな負の思念を覚えざるを得ないアインではあったが。




