第33話:忍び寄る影12
夜。
日が沈んで数刻。
リリィお手製の夕餉を食べた後、アインは先日のデートの際に決定した学院街のランニングコースを一人走っていた。
運動着に着替えている。
リリィが付き合えるはずも無く、邪魔なので鬼一も置いてきた始末。
ランプの明かりの付いた門前市から少し離れ、人気の少ない場所を走り込む。
夜の冷気が引き上げられた体温を冷ますが、熱の生産に追いついているとは言い難い。
ほとんどマラソンランナー顔負けの速度で学院街を一周しようとする。
が、
「――っ!」
不意に襲った違和感に従ってランニングを取りやめるアイン。
こう云った危機感知も鬼一から教授された物だ。
囲まれている。
それは確かだ。
衣擦れの音と微細な呼吸音を正確に把握する。
アインの方を覗き見ているのが手に取れる。
そしてそれ以外の人気が無い。
人払いの結界。
魔術でも古典的な手法だが、どちらかと云えば精神に作用する呪術方面のソレだ。
「はぁ」
また嘆息。
この状況だけで前後を完璧に把握してのける。
要するに人目に付かないところでしか出来ない事柄を遂行しようというのだろう。
その上でアインを狙い物騒な視線を刺してくる辺り何とも言いがたい。
「師匠」
学院街から遠く離れた学院寮のアインの部屋……そこに置いてきた鬼一に思念で声をかける。
「何じゃ?」
当然状況を鬼一が把握しているはずも無い。
「空間転移。ちょっと力を貸して。今囲まれている」
「きさんなら問題なかろう」
「いくら禁術でも教皇猊下の悪態までは防げねえよ。というか禁術を晒すのが下策と言ったのは師匠だろう?」
「然りじゃ」
そう言った次の瞬間、
「――っ!」
周りを取り巻く異分子たちが息を呑む気配が伝わってきた。
さもあろう。
先まで無手だったはずのアインがコマ落としの処理のようにいつの間にか和刀を手にしたのだから。
「あんまり二刀流は得意じゃ無いんだが……」
鞘から刀を抜いて刀と鞘を両手に持った。
さすがに運動服で鞘を腰に差す準備はしていない。
「今後は気をつけよう」
そう思うアインだった。
「出てこいよ。埒があかんぞ」
そしてスッと右に一歩。
背後から投擲されたナイフを避ける。
心眼。
そう呼ばれる技術だ。
気配の消し方もお粗末な上にナイフの投擲も大した物では無い。
「師匠」
「何じゃ」
「何人」
「五人じゃな」
超感覚知覚で状況を冷静に把握する鬼一。
元々が和刀なだけにどこから情報を得て処理しているのか。
アインにはいまいち不明だが、少なくとも肉体の得られる情報より鬼一の得る情報の方が広く深いのは間違いなかった。
「五人ね」
そう呟くと、殺気を纏った五人の人間が取り囲むように現れる。
「ちと厳しいな」
本音だ。
ある意味事実ではある。
現状に対する危機感はむしろ自分に向けられているのだが。
問題は禁術を覚られず応戦する方法だ。
相手は手加減しないだろう。
なお服装が統一されていた。
宗教模様を描かれた仮面にひらひらした漆黒のローブ。
動きにくいだろうことこの上無さそうだが、忠告する義理も無い。
おそらく武器を隠すためのローブなのだろうが、今更何を隠し立てする必要があるのかは疑問であった。
「で、何用よ?」
声をかける。
反応は無い。
スッと示し合わせたように五人の暗殺者(暫定)はナイフを握る。
「死んで悔いろ」
初めて暗殺者が口を開いた。
それが合図だったのだろう。
五人全員がアイン目掛けて疾駆した。
「やれやれ」
アインは刀を振るう。
おざなりに。
牽制だ。
刀に気圧された正面の三人と、無関係の背後の二人。
この両端に襲撃のリズムがずれる。
アインは振り返ると同時に、
「疾!」
鬼一を振るった。
半回転は足から始まり腰で加速し右手に握る鬼一の時点においては神速の刃となった。
それは綺麗に暗殺者の一人の仮面を捉えた。
ヒュパッと剣閃が輝く。
「――っ!」
驚愕する暗殺者。
ギリギリ仮面だけを切り裂かれて済んだことを幸運に思っているのだろうが、間違いである。
あえて仮面だけをアインは狙ったのだ。
怯む暗殺者の脳天に左手の鞘が叩きつけられる。
鈍い音がして昏倒する暗殺者の一人。
残りは四人。