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第31話:忍び寄る影10


 早朝。


 リリィとアンネがアインに抱きついて寝ているのをアインは客観視していた。


 健康快男児の朝の宿命との因果関係はこの際論じないとして、今日も今日とて剣の修練に励む。


 軽い材質の木刀を持って振る。


 頭に思い浮かべるのは剣の型と父親の顔。


 木刀の一振りで空想の父親の頭をかち割る。


 毎度のことだ。


 元よりアインにとってクイン家は唾棄すべき存在である。


 事情が事情で無ければ本来なら翁と媼と和やかかつ裏では刺激的に暮らしていたはずだ。


 その安寧をぶち壊して、今更自分に家督を譲るとクインは言う。


「知るか」


 が本音だ。


 かといって実際の父親の頭をかち割るわけにも行かず、素振りのイメージ訓練にて憂さを晴らす悲しいアインだった。


「ふっ……ふっ……ふっ……」


「さすがに完成されとるの」


 鬼一は満足げだ。


「恐縮だ」


 アインも素直に褒められたためいつもより皮肉の成分が少ない。


「虎の巻……だったか」


「じゃな」


 鬼一は言う。


「素質があるとは思ったがこうまで鮮やかに修められるとな……」


「何か問題か?」


「郷愁を覚えるぞ」


「郷愁……」


 元より鬼一法眼は基準世界の住人だ。


 何の因果で和刀としてこの世界に存在しているのかはアインも知らないが、向こうには向こうでの因果があるのだろう。


 そう納得するアイン。


 だから特に問い詰める事はしなかった。


 誰しも心に傷を持っているのだから。


 それは別にアインだけの事情ではない。


 普遍的な通念である。


 もっとも一般的には無視できない傷の種類でも……またあるのだが。


「俺は魔術を使えない」


 その才能がからっきしだ。


 空間の推移によるエネルギーの発生は執り行える物の、その過程はあまりに物騒だ。


 熱力学に関して言えば世界全体で見れば大したことは無いが、エントロピーの問題の解決には至らない。


 それについては割愛する。


 一通り素振りをやって汗を流すと寮部屋に戻る。


 リリィとアンネが迎えてくれた。


 浴室で湯浴みをして汗を洗い流す。


 サッパリしてダイニングに。


 いつもの紅茶を飲みながらリリィの朝食を待つ。


 昨晩この部屋に泊まったアンネも馳走になるようだった。


 リリィは朝食を出す。


 内容は白米と納豆と白菜の味噌汁。


「わお」


 とアインの歓喜の声。


 納豆は好物だ。


 というかサウス王国の文化を気に入っているのだが。


 練って醤油をかけてもう一度練る。


 それから白米と一緒に口に放り込む。


 納豆独特の香りとつやつやの白米が至福の時を与えてくれた。


「うまうま」


 満足げにかっ食らう。


「美味しいでしょうか?」


 おずおずとリリィ。


「いつもリリィの料理は美味しいな」


 そういうとリリィがほころんだ。


「恐縮です」


「謙遜謙遜」


 からかうアイン。


「でも本当に美味しいよ」


 アンネも同意らしい。


「この白菜の味噌汁は湯豆腐の続き?」


「はい。その通りです」


 大根おろしも入っている。


 飲んで美味しく食べて美味しい。


 そんな味噌汁だった。


「ところで」


 とアイン。


「今日はシャウトは来ないのな」


「来て欲しいのか?」


 思念言語の元を立てかけていた椅子から蹴り落とす。


「暴力反対」


「じゃかあしい」


 思念でやりとりするアインと鬼一だった。


「なにかしら機嫌を損ねることでも?」


「したと言えばしたな」


 キリル教授の残した言葉を再度思い出すアイン。













「では私たちは敵同士というわけだ」








 たしかにそう言った。


 教授がこちらに悪感情を持っていて、その研究室の生徒が接触を避けるのは至極道理だ。


 向こうが何を仕掛けるにせよアインは比較的楽観論で臨んでいた。


 そんな物騒な思考はともあれ、


「ほんに美味いなこの味噌汁」


 賞賛するアインに、


「ありがとうございます」


 リリィは照れてはにかんだ。


「お前は一々可愛いな」


「あは」


「お姉さんだって可愛いでしょ?」


「七十五点」


 あんまりだった。


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