第30話:忍び寄る影09
食事、風呂とくれば次は睡眠だ。
アインは爽やかに笑った。
「帰れ」
「いいじゃん。一泊くらい」
「帰れ」
「何もしないから」
「なら居る意味ないだろ」
「え? 何かして欲しいの」
「まぁ無いでは無い」
「なぁんだぁ……えへへ……夜の営みを期待してるならそう言ってよ……」
嬉しそうなアンネだった。
「で?」
「とは?」
「どんな悪戯して欲しいの?」
「割腹」
「…………」
アインは和刀……鬼一を握る。
「介錯は俺がするから安心しろ」
「いえ、あの……」
困惑するアンネ。
「懐の浅い男じゃの」
鬼一は呆れたらしい。
「一応これでも健全な青少年ですので」
この際の丁寧語は皮肉の裏返しだ。
「とにかく一緒に寝るの」
「永眠してくれると有り難い」
「本当に気を遣わないよねアインは」
「嫌なら見限って都合のいい男を探せ」
「ううん」
首を振って微笑するアンネ。
「私の思い通りにならない男の子だから攻略しがいがあるの」
「難儀な性格じゃのう」
「師匠が言うか?」
「小生は年齢相応じゃがアンネは恋する乙女じゃろう」
「スピリチュアルビッチだがな」
「恋心に暴走はつきものじゃ」
「当人に言ってやれ」
「小生がインテリジェンスソードとバレても?」
「都合は悪いな」
一歩も引かない師弟の会話だった。
で、
「結局こうなるのな」
アインは広いベッドの中心に寝っ転がって嘆息した。
右にリリィ。
左にアンネ。
美少女を侍らせての就寝である。
明かりが消えて闇が支配する。
静かに目を瞑って意識を深淵に落とそうとする。
そうして数分が経った。
「アイン?」
アンネがアインを呼んだ。
「まだ起きてる?」
「ああ」
言葉だけで返す。
「ごめんね」
「何に対してだ?」
「ちょっと強引すぎたと今更ながらに思ってるところ……」
「俺の知ったこっちゃないな」
事実だ。
本音だ。
そして真理である。
「またそう云うことを……」
「お前の後悔はお前だけの物だ」
アインは淡々と言う。
「俺は共有する気は無いし、代わりに背負う気も無い」
「優しいね」
「何を聞いていたんだお前は……」
「だって私の後悔について我関せずなら、その根幹たる今日の行いにも恨みを持っていないんでしょう?」
「まぁ多少ウザいくらいは思ったが」
「あのさ」
「まだあるのか」
「私の研究室に所属しない?」
「謹んで断る」
「そう云わず」
「却下」
「じゃあ見学だけでも」
「見学ね」
さすがにキリル研究室のような悪質なソレが他にも多数有るとは考えにくいが、少なくとも乗り気になれないのは致し方ない。
「健全だから」
とアンネは言う。
そう云う問題でも無い。
が、必死さは伝わってきた。
「とりあえずちょっと顔を出すだけ」
「…………」
しばし沈思。
「駄目……かな……」
捨て猫の悲哀の鳴き声に似ていた。
口調が、である。
「とりあえず考えるのは明日以降だ。寝るぞ」
「うん。えへへ。アインと同衾」
ルンと弾むようなアンネの声。
「蓼食う虫も……か」
「きさんが言うと皮肉じゃな」
「弟子をいびって楽しいかい師匠?」
「心臓に毛の生えた心理でよう言うわい」
「…………」
沈黙以外に選びようが無かった。




