第27話:忍び寄る影06
精神的疲労が肩に重くのしかかった。
頭の悪い研究室を出て嘆息するアイン。
「馬鹿馬鹿しいにも程がある……」
愚痴も出ようというもの。
「かか、外道じゃったの」
「とりあえず自分の能力を絶賛したいな」
「然りじゃ」
そんなこんなで寮に帰ろうとしていたら、
「ア~イ~ンッ!」
偶然だろう。
アインを見つけたアンネが絡んできた。
「別ベクトルで厄介な奴が」
「そう云うねぃ」
苦笑する鬼一。
「少なくともマジカルの洗脳ではなくフィジカルの魅力で気を惹こうとしている分だけ健全じゃ」
「だがなぁ……」
微塵も興味が無いのだが。
アインは鬼一と思念で会話する。
「いい子じゃないか」
「本気で言ってるのか?」
「一途という意味ではリリィにも劣るまいよ」
「一途……ねぇ?」
鼻で笑い飛ばしたかった。
「アインの今日の予定は?」
「気疲れしたからリリィに癒やして貰う」
「お姉さんが代わってあげる」
「謹んで断る」
また嘆息。
学院に入ってからこっちもう幾度目か。
これからも増えるだろう嘆息の数に頭痛を覚えるのだった。
鬼一がケラケラと笑う。
「若い内は、なるたけ苦労は買っておけ」
「面倒事は嫌いだ」
「その割には仕事熱心のようだが?」
「それとこれとは別件だろう」
「かか、然りじゃ」
そこで意識のピントを現実に合わせるアイン。
アンネが腕を組んでいた。
「何のつもりだ?」
「恋人ごっこ」
「他の奴とやれ」
付き合っていられない。
眼で語るアインだった。
「アインじゃなきゃ嫌なの」
「恐縮だ」
「アイン?」
皮肉は通じなかったらしい。
「シャウトの研究室はどうだった?」
「吐き気を催した」
「あんまり呪術って感じでもないしね。アインは」
「まぁ、そうだな」
洗脳の手段は何も魔術に限った話ではない。
懇切丁寧に説明する気力もないが。
「で、何の用よ?」
「好きな人と一緒に居たいじゃ駄目?」
「お前のその感情を、お前に対して向けている輩もいるぞ?」
「むぅ……」
有効な反論がとっさには出てこないアンネだった。
「とりあえず夕餉を一緒しようよ」
「残念」
「何が?」
「今日の夕餉はリリィの手作りだ」
「じゃあ馳走になろうかな」
「厚かましいな」
「面の皮の厚さでアインと勝負する気も無いけど」
「…………」
アインにも自覚はある。
「やはは」
鬼一は笑っていた。
それが耳障りだ。
正確には思念言語であるため鼓膜に障りはないのだが。
「モテモテじゃな」
「こう云うときは母親に似た自分が恨めしいな」
ちょっと格好良い男の子。
アインは自分をそう捉えている。
実際は神懸かりの美少年だが。
とまれアンネは抱きしめたアインの腕を離す気はないらしく、アインはアンネを引きずりながら寮部屋に戻る。
「お帰りなさいませアイン様。歓迎いたしますアンネ様」
「ただいま」
「お邪魔します」
「さて、それじゃ食材の買い出しに行くか」
「リリィは準備してないの?」
「前に暴漢に襲われたことがあってな。それ以降、寮部屋以外では一緒に行動することにしているんだよ」
「なるほど」
「今お茶の準備をしますね」
「食材の調達が先だ」
「私の分も」
「ぬけぬけと……」
半眼になるアイン。
「湯豆腐でよろしければ」
慇懃に一礼するリリィ。
「湯豆腐ね。好きよ?」
ルンと弾むようにアンネ。
三者三様に反応した。
とりあえずアンネがアインのジト目を欠片も気にしていないのは見て分かった。
因果な渡世である。