第26話:忍び寄る影05
今日の講義を終えるとシャウトが合流してきた。
「では研究室に行こう」
と。
「断る」
それに関しては頑ななアインではあったが、
「キリル教授の研究室だよ」
そんな言葉に、
「…………」
沈思する。
「キリル教授って……」
リリィも驚愕していた。
研究室にも格がある。
キリル研究室はこと呪術関連の魔術においてはトップクラスの実績を持つ研究室である。
一応ブランドと呼んでも良い格を持つ。
「なるほどな」
アインが納得したのも当然。
シャウトのチャームの魔術の出所を知ったからだ。
チャームの魔術も精神を支配する呪術の類に入る。
であるからこそ油断ならないのだが。
「ではそもそも君は何故学院に来た」
「出世」
二文字で終わった。
実際にその通りである。
魔術学院で功績を残してノース神国の宮廷魔術師になること。
これがクイン家から命じられたアインの役割だ。
本人は、
「どうにでもなれ」
と思っているが、学院で何かしらの功績を残すために研究室に所属するのは決して遠回りではない。
むしろ近道でさえあるだろう。
その辺りの通念はアインも持っているが自分の処女と引き替えにするほどのものでもないのは確かだった。
「キリル研究室はいいぞ」
「一応覗いてみませんかアイン様」
「…………」
痛むこめかみを指で押さえる。
「顔を出す程度いいじゃろう」
鬼一も思念でそう言ってきた。
「他人事だからと軽く言いやがって」
「実質的に研究室に配属されればクイン家の意に沿うのではないかの?」
「だからってゲイのいる研究室になんかは入れるか」
「とりあえず覗くだけ覗いてみぃ」
鬼一は言う。
「きさんなら精神汚染なぞ十把一絡げじゃしの」
「師匠のおかげでな」
丁重に皮肉を言うアインだった。
このままでは埒があかない。
しょうがないので研究室に足を運ぶアインだった。
ただしリリィは置き去りだ。
アインは自身に対する精神汚染には無敵だが他者を守れる技術を持っていない。
呪術を旨とする研究室。
リリィを遠ざけるのは必然だった。
「ではお帰りをお待ちしております」
夕餉のリクエストに湯豆腐を提案した後、アインはシャウトに案内されてキリル研究室に顔を出す。
教授室には髪が真っ白に染まってる老齢の教授が居た。
「キリル教授。例の新入生を連れてきました」
「おお、よくぞ」
白髪のキリル教授は穏やかな笑みを顔に浮かべた。
しわが寄る。
「初めまして。アインだ」
不貞不貞しいアインの自己紹介に、
「知っとるよ」
教授は平坦に返す。
「何でも新入生にあるまじき魔術の使い手だとか」
「恐縮だ」
「呪術に興味はあるかね?」
「皆無だ」
「出世には?」
「ここじゃなくても構わんだろう」
どこまでも不貞不貞しいアインだった。
仮にもカリスマの教授を相手に一歩も引こうとしない。
そもそもにして、
「魔術を使えない」
のだから当然の結論ではあるが。
「どちらかと云えば攻性魔術の研究に取り組みたいからな」
大げさに肩をすくめてみせる。
「たしかにそれならば内では狭かろうな」
「然りだ」
「――スレイブリィ――」
ボソリとキリル教授は物騒な呪文を唱えた。
「弟子が弟子なら師匠も師匠だな」
そっけなく支配の魔術を撥ね付けて、嫌悪感丸出しに非難する。
「弟子が弟子なら師匠も師匠じゃな」
鬼一は思念でからかう様に言った。
当然自身とアインとの関係性を乗せた言葉だ。
「師匠は黙ってろぃ」
「じゃな」
カラカラと笑う鬼一だった。
悉く思念で、ではあるが。
「とりあえず義理で付き合ったが魔術で生徒を支配しようとする研究室には居られねえよ」
スッと教授に背中を見せるアイン。
「ふむ……それはつまり我が研究室を軽んじるということかね?」
「どうとでも」
「では私たちは敵同士というわけだ」
そんな物騒な言葉に何も応えずアインは研究室を離れた。