第234話:幕裏からの狂奔の魔笛11
「あー疲れたにゃ」
「お疲れ様です」
前者がソフで、後者がアインだ。
二人は喫茶店に居た。
テラス席。
アインはチョコレートを。
ソフはココアを。
それぞれ頼んで飲んでいる。
「死にたいなら勝手に死ねって感じだよ」
ソフが愚痴る。
「おかげで死傷者が結果論でゼロになるのだから良いんじゃないか?」
何かと言えば、
「武闘会の保健委員代表ことソフ」
その苦労についてだ。
「死者すら治癒してみせる」
のフレーズ通り、武闘会の死傷者を完全に治癒する異能の持ち主。
破格……というより論外の魔法だ。
分類としては魔術に与しないが。
それでも奇蹟には違いなく、なおブルーブルの動きもある。
実際に此度の一幕もソレだ。
「――エアエッジ――」
呪文が宣言される。
狙いはアインの首。
水平な風の斬撃を身を低くしてやり過ごす。
それからグイとチョコレートを飲み干すと、勘定銭をテーブルに置いて腰の和刀を握る。
「――エアエッジ――」
さらに魔術が放たれる。
躱すアイン。
延長線上にいる他の客が犠牲になる。
「ケイオス派か!」
わからない話ではないが、ソフを取り扱うに当たって迂遠であることも否定出来ない。
「――エアエッジ――」
魔術が放たれる。
目に見えぬ風だが斬撃は確かに知覚出来る。
アインの能力。
そして鬼一の教えだった。
「戦い方でアイスとバレないかね?」
和刀によるアンチマテリアル。
そを以て魔術を封じる。
武闘会で散々アイスが使った手だ。
同じ事を衆人環視の中でアインが実践して良いのか?
「死ぬよりマシじゃろ」
まさに底抜け。
異論の紡ぎようもない結論だった。
「はいはい」
疲れた声。
「師匠は万事そんな感じだな」
「いやぁ」
「褒めてない」
ツッコミも虚しい。
とりあえず体術だけで風の斬撃を避ける。
柄に手を当てているが、
「溜抜」
の姿勢だ。
抜く気配は無い。
「さてどうする?」
鬼一は面白くて仕方ないらしい。
「正面突破」
他に無い。
「見せしめ……だろうな」
ソフそのものには抗し得ない。
不死身。
不老不病不死。
レイヴともアインとも違う第三の無敵。
一部の例外を除いてソフを屈服させることはこの世界の住人には不可能だ。
「で、あれば」
「趣味の悪い」
へっぽこ師弟の嘆息。
ソフ本人に傷を付けることが出来ないなら、周りの人間を見せしめにする。
暴虐を通り越して呆れの領域だ。
「――エアエッジ――」
瞳孔の動きと手振りの仕草で判別。
軽やかに躱す。
「っ」
接近。
縮地。
ケイオス派の頭部を掴んで場を移動する。
注目されていることが、ある意味でアインの足かせ。
であるため、テラス席から街道へ。
そして建築物の隙間……要するに袋小路へ。
一瞬だけ衆人環視の目が途切れる。
そしてソレはアインにとって十分な間だった。
禁術の行使。
封印刑。
本来ならアイスがすべき仕事だが、この際四の五の言ってられない。
「だいじょぶ?」
覗き込むようにソフが問う。
事が終わった後だ。
「ご覧の通り」
アインは苦笑した。
「しっかし……」
疲労の乗った声。
ガシガシと頭を掻く。
「やってくれるぜ」
ブルーブルの仕業かどうかは裏を取っていないが、こんな暴挙に出る存在を他に知らないのも事実だ。
「私を買ってるって事にゃ?」
「おめでたいな」
どうあっても皮肉は出るらしい。




