第232話:幕裏からの狂奔の魔笛09
武闘会四回戦。
準々決勝。
勝ち上がった八人による四試合。
コロシアムもまた相応に広くなり、客の目も増える。
ことアイスの試合は大人気だった。
シルクを思わせる髪。
真珠を想起させる瞳。
しなやかな体つき。
そして腰に差した和刀。
その体さばきの鮮やかさは見た物を虜にする。
賭博では倍率低めだが、つまりそれだけ評価されている逆説だ。
対する相手は魔術師。
どこぞの国の宮廷魔術師……とは聞いていたが、
「へえ」
の一言で忘却の下流に乗せるアイスだった。
サイコロが振られて初期の間合いが決まる。
アイスは近距離を得意とする。
敵選手は遠距離を得意とする。
そして間合いは最大となった。
「不心得が響いておるの」
とは鬼一の皮肉だが、
「誰のせいだ誰の」
アイスとしても憤懣やるかたない。
実質的に神の存在を畏れないのは、鬼一による宗教学の講義が根幹だ。
その点では鬼一にも責任があるが、
「小生はただの剣じゃけん」
説得力はないが何かしらの自負は感じた。
へのつっぱりがいらないような。
間合いを取って向き合う。
敵選手……魔術師は酷薄な笑みを浮かべている。
「ドSだな」
そんなアイスの評価に、
「南無三」
鬼一も同意見らしい。
観客の熱気は最高潮。
賭け事の倍率が発表され、沸き上がる。
鐘の音が鳴った。
同時に魔術師がトリガーを引く。
「――土より出でよ我が軍勢――」
呪文。
出力。
会場全体の地面が隆起すると、
「なるほどね」
土人形から岩石人形まで。
多種多様なゴーレムが生まれた。
大体アイスの二倍から三倍の背丈だ。
「どうやって自重を保っているんだろうな?」
アイスの素朴な疑問。
「隙間の神効果じゃろ」
鬼一の言葉は正鵠を射る。
こっちの世界ではまだ認識されていない知識だ。
アイスは理解しているが。
ところで隙間がないくらい無尽蔵にゴーレムが地面から隆起した必然、アイスの足下もまた隆起していた。
つまり今アイスはゴーレムの頭部に立っていることになる。
スラリと和刀……鬼一法眼を抜く。
「――――」
ゴーレムが頭上のアイスに手を伸ばす。
が、アイスの斬撃が速い。
鬼一の魔術。
アンチマテリアル。
魔術で維持されているゴーレムが土に還る。
「ふむ」
しばし悩むようなアイスの表情。
地面に足を付けると、周囲のゴーレムが襲ってきた。
多勢に無勢。
とはいうものの引き算はむしろアイスの領分だ。
「無念なた」
ヒュッと風が鳴く。
一瞬で三体のゴーレムが土に還った。
その斬撃の鮮やかさ足るや常人の認識の埒外だ。
「っ?」
何が起こったのかもまったく分からずに、土に還るゴーレムを魔術師も衆人環視も見送って参る。
が、ゴーレムが一時的な物なら、量産も可能だ。
地面さえ在れば無尽蔵に生成できる。
そしてアイスが思索にふけっている間にも魔術師は手を休めずにゴーレムを次から次へと生成していた。
「ゴーレムマーチ」
訳して、
「土人形の更新」
だ。
無数のゴーレムがアイスを殺めんと襲いかかる。
が、アイスの(正確には鬼一の)魔術でキャンセルされていく。
「何かしらの魔術か」
が概ねの予想で、一種の正解ではあるが、
「事実と予想には星空のディスタンスがあるな」
とは後のアイス……アインの談。
「何を為さったかは分かりませんが……」
魔術師は瞳に嗜虐の彩を湛える。
「ではもう少し本気を出しましょう」
「はあ」
アイスにしてみれば、
「宣言することだろうか?」
と相成る。
「黙って出来んのか」
が根底だ。
そうは言ってもアイス自身、まだ本気のほの字も出してはいないが。
「何が来るのやら」
チャキッと鬼一が謳った。




