第23話:忍び寄る影02
「それで何ゆえ」
と云った言葉を敬語を交えてリリィはアインに問うた。
「まぁデートが第一義じゃあるがな」
「第二義もある……のですか?」
「学院街を把握したくてな」
基本的に神王皇帝四ヶ国の共有財産ではあるが、先述したように実質的にはもはや魔術師という戦力を多数抱える一種の自治領化している側面が学院には在る。
各国への発言力も高く、四ヶ国の中間地点に存在するため輸出入の基点でもある。
いわゆる一つの都市国家。
学院自体が膨大な土地を持つが、その学院の周りを膨大な市場が制圧していた。
必然物流は盛んで、仮に経済制裁を受けても成り立つだろう程の流動性を獲得している。
そのため表にしろ裏にしろ、色々なものが出回り商人はほくほく顔である。
そんな学院の敷地外を学院街と呼ぶのである。
さすがに(形式はどうあれ)国家都市と呼ばれるだけあって敷地は広い。
そしてその学院街を把握するのがアインの第二義である。
「何故」
とリリィがポツリと漏らす。
「まぁあんまり意味は無い……」
アインはガシガシと頭を掻く。
「体力付けるためにランニングしてるんだが……どうせなら学院街もコースに設定したくてな」
そんなわけだった。
アインが魔術を使えないため剣術に没頭しているのはリリィとて知っている。
であるためあまり強くは言えない。
「魔術の訓練もしてください」
とは言い辛いのだ。
アインはそんなリリィの機微くらい見抜いているが。
鬼一と邂逅してから比較的濃い十年を過ごしたアインにしてみれば人の心を表情筋から読み取るはけして難事ではない。
そんなわけで人通りの少ないとおりを地図に沿って歩くアインとリリィだった。
時折市場で買い食いしながらランニングのコースを設定する。
「基本学院は平野だからなぁ」
それが不満と言えばその通り。
責めやすく守りがたい。
一応その点に関してだけはアドバンテージを取れない魔術学院であった。
「ま、いいんだが」
そうやってリリィを連れて学院街を練り歩く。
リリィは控えめに寄り添っている。
「そう云うところも可愛いな」
とアインが言うと、
「恐縮です」
と頬を赤らめる。
二人は目立っていた。
一人は黒髪黒眼の珍しい外見。
一人は金髪碧眼のノース神国出身。
しかも二人揃って神懸かりの美貌とくる。
「ふわぁ」
や、
「ありゃま」
といった感嘆の声が聞こえてくるのは必然だ。
「どっか入るか」
不遜の塊であるアインは特にどうでも良いが、リリィの心理を勘案してアインは助け船をだす。
丁度時間も昼頃。
太陽は天頂に昇っていた。
「アイン様はサウス王国の料理がお好きでしたね」
「だな」
否定しないアイン。
神王皇帝四ヶ国は大陸でも最西端に位置する国家同盟。
必然サウス王国とウェス帝国は海に接している。
ウェス帝国は事情があって呑気に漁業が出来る状況ではないが、サウス王国は呑気に漁業が出来る状況。
であるためアインの好きな海の幸が主流である。
刺身も煮魚も焼き魚も海藻サラダも貝や軟体動物の料理も大好物である。
基本的に胃に優しい料理が多いのも加点対象だろう。
「ではあそこなどどうでしょう?」
とリリィが指差したのは蕎麦屋。
海の幸ではないがサウス王国の名物でもある。
「いいな」
とアインは言った。
二人揃って店内に入り、アインはゴボウ天蕎麦と穴子の天ぷら、リリィは釜揚げうどんを食べた。
客が少ない割にクオリティは高く、
「ここはチェックを入れといてくれ」
と食後の茶を飲みながらアインはリリィに言った。
「仰せのままに」
とリリィは言う。
普段食事を作っているリリィの舌でもこの店の料理は美味しかったのだ。
所謂、
「陰で噂の」
という奴。
魔術学院の門前市からは少し離れるが……なるほど経営が成り立つ程度には稼いでいるらしい。
アインは緑茶の最後の一口を飲み干して、
「会計よろしく」
と店員に言った。
領収書を貰ってリリィが預かる。
この領収書を学院の事務に提出すれば代金を学院側が肩代わりしてくれるのだ。
「馳走になった」
「ご馳走様でした」
二人はそう言ってから、店外に出る。
腹はくちくなったが、胃に重い食事でも無かったため再びランニングコースの設定に精を出す。
時折見かけた服屋でリリィを着飾ったり、甘味を買い食いしながらデートも並行する。
アインは笑った。
リリィも笑った。
ついでに鬼一も笑った。
ちなみに鬼一はアイン……その学ランの腰に帯刀されていた。