第225話:幕裏からの狂奔の魔笛02
試合開始と同時に敵対選手は魔術を放った。
「――ドラゴンブレス――」
灼熱がアイスを襲う。
ドラゴンブレス。
竜の吐息。
破滅的な存在である竜種の固有魔術。
その威力はあまりに高い。
たった一小節でソレを再現したのだから、
「なるほど」
とアイスが感心するのも無理なからぬ。
「受けたら多分骨しか残らんな」
とは魔術を見分しながらのアイスの批評だった。
大凡敵対選手が予選を勝ち上がってきた実力の証左とも言える。
コレだけの威力があれば、間合いさえ確保できるなら一網打尽だろう。
「よくもまぁ死者が出なかった物だ」
とはアイスによるソフへの畏敬。
命の魔術師。
死者蘇生を可能とする奇蹟。
「常識から遊離している」
とはアイスが常々思っているソフへの論評。
閑話休題。
既に放たれている灼熱の波濤は遠慮無くアイスに襲いかかっているが、アイスの思考と対処、ソレに続く実行性までには幾分かの時間があった。
これは魔術が遅いわけでは無い。
竜の吐息。
音ほど速いと言うわけでもないが、弓矢程度はある。
問題は、その速度がアイスにとって対処の範囲内という異常性だ。
意識。
いわゆる固有時間の加速。
意識の瞬発力とも呼べる高速思考。
既に抜いている和刀に力を込めて振るう。
灼熱の波濤が消え失せた。
「は?」
とは魔術師の言の葉。
ポカン。
絶句したのは観客も同様だろう。
莫大な炎がいきなり端から端まで例外なく消え去った。
防ぐならまだ分かる。
凌ぐなら妥当だろう。
が、
「まるで最初から無かった」
かのように消え失せれば前後の事象に困惑も覚える。
アイスにしてみれば、
「特別何をしたわけでもない」
と相成るが。
アンチマテリアル。
アイスではなく鬼一の魔術だ。
アイスは才能が無いため魔術を使えない。
代わりに頼りにしているのが、
「インテリジェンスソード」
銘を、
「鬼一法眼」
と呼ばれる魔剣だ。
アイスの師匠であり、アイスをアイスたらしめている根幹。
その剣は魔術を切り払い、敵を斬り殺す。
元より魔族すら斬り伏せる魔剣だ。
一介の魔術師の御業程度なら不足と言える。
「ふむ……」
散り散りになって消えるドラゴンブレスを見送りながら、散歩でもするかのように緩やかに歩いて間合いを狭めるアイス。
「人が悪いの」
とは鬼一の思念で、
「師匠が言いますか」
がアイスの思念。
そもアンチマテリアルを使っているのが鬼一であるため、アイスの皮肉にも一定の理は在る。
「――フレイムランス――」
炎の槍が虚空に浮いた。
魔術師の御業。
差し出された手の平の先に生まれ、射出される。
「器用なものだね」
賞賛しながら切り払う。
「っ!」
矢の速度にも似た速さの魔術だったが、
「まぁねぇ」
と云った具合。
アイスとしては徒労だ。
選手の魔術は決して悪くない。
予選を勝ち上がってきた本物の実力がある。
「何が悪かったか?」
と問われれば、
「くじ運」
とアイスなら答えただろう。
鬼一も似たような感想だ。
ゆっくり歩いて間合いを詰める。
魔術は炎の魔術を乱発する。
「おそらく炎をパワーイメージにしているのだろう」
ことは察せる。
四大属性の一角。
あまりその辺の信仰には厚くないアイスだが、これを魔術の術式に組み込む魔術師は意外と多い。
結果、事象として発生すればアンチマテリアルの贄でもある。
「あまり自慢も出来ないけど」
間合いを潰したアイスが選手の喉元に鬼一を突きつける。
「如何?」
「降参です」
「じゃろうな」
一回戦は無事終わる。




