第208話:物騒な巷15
不幸と遭遇したいわけではない。
少なくともアインには。
けれども、ランニングコースに辻斬りの現場近くを選んだのは、理屈としては意識的だった。
走っている最中に夜気に混じって殺気が届く。
「…………」
体力は基本的に底無しだが、エンジンの掛かり具合は状況による。
ランニングの最中でもあって、中々ギアは上がっていた。
「師匠」
「あいあい」
空間転移。
寮部屋に置いていた和刀……鬼一法眼がアインの手元に届く。
「ほう」
聞こえてきたのは女性の声。
察するに年齢はアインと同じか少し上。
背後から。
振り返る。
不審人物がいた。
仮面を被り布で頭部を巻いている。
昼間にいたら石を投げられても不思議じゃない。
それほど怪しい人物だ。
体の芯。
姿勢の置き方。
肉付き。
それらが女性であると主張する。
が、
「じゃの」
と鬼一が感心したように、その戦力は有り得なかった。
修練の重ねを思わせるしなやかな肉体。
アインに言えた義理では無いが、
「人を斬り殺すことに特化した」
といえる鍛え方だ。
「こんばんは」
「ども」
アインはとりあえず返事を。
黒い瞳は仮面の奥の瞳を見ていた。
燈色だ。
「あなたは有り得ないね」
それが女性の感想だった。
「そっちこそな」
気疲れ。
「そりゃ警察では無理だ」
その再確認。
手に持った鬼一を腰に差して、帯刀する。
相手は片手剣。
こっちは和刀。
が、この際武器の相対性は必要ないだろう。
「参る」
特別天気の話をしてお茶を濁す輩でもない。
襲ってくるのは必然だ。
アインは鞘から刀を抜いた。
金属の悲鳴。
剣と刀が打たれる音だ。
二度。
三度。
全ては刹那の間に。
距離を取る二人。
「お前が辻斬りか?」
「何故そう思います?」
「消去法だ」
他に無い。
「そうだと言えば?」
「大人しく裁かれないか?」
「無茶を言います」
「ご尤も」
アインとしても戯れだ。
「そういうそちらは?」
「犯罪抑止力」
嘘では無い。
「某を釣った……と?」
「ほとんど偶然だがな」
肩をすくめる。
「ふむ……」
辻斬りは何か思案するように視線を上にやった。
「では某を止めるために?」
「お前が辻斬りならな」
「ニュースにはなっていないはずですが」
「だな」
その辺はソフの案件だ。
「何かしら不首尾が?」
「偏に神様のご意向だ」
「審問官ですか」
「違うがな」
代行師だ。
ここで論じるつもりもないが。
「結局何のために辻斬りなんかしてるんだ?」
「理由が必要ですか?」
「必然性は必要だろう」
「ですか」
仮面の奥……燈色の瞳は考えるように揺れる。
「自身の腕を確かめたい……では?」
「分かりはするがはた迷惑だな」
そんなことで斬り殺された被害者の迷惑は青天井だろう。
「あなたは一方的に……とは行きませんよね」
「どうかね」
ゆらゆらと鬼一を揺らす。
「久方ぶりの剣の相手です」
「…………」
「愉しみましょうよ」
それは快い提案だった。




