第193話:アイン・ソフ20
「――ファイヤーボール――」
火炎が球状になってアインを襲う。
炎熱のエネルギーとしては普遍的ながら、炎とは具現しただけで人体を傷付ける機構であって、その有用性は論拠に暇がない。
その炎は、だが、アインに接触しようとした瞬間に散らされる。
鬼一……
「刀は抜いていない」
それが少年の主観。
「――ファイヤーボール――」
さらに魔術を重ねる。
やはり散らされた。
「???」
さすがに意味不明だろう。
単に体を半身に構えて、刀の柄に手を添えたまま動かないアイン。
それと遊離するように吹き散らされる魔術。
「何が起きているのか?」
少年の疑問はその一点だ。
単純に効率だけ考えるなら、
「既に決着している」
とは鬼一の言うところだが。
立て続けに少年は魔術を放つ。
あまりアインが言えた義理では無いが、
「魔術師としてなら下の上」
が評価だ。
ウィンドウェイブ。
ファイヤーボール。
グランドランス。
所謂、
「四大属性」
に偏った攻撃魔術。
そしてアインはその悉くを封殺してのけた。
「随分立派な防御魔術だな」
「自慢の一品だな」
誤解を解く気も無いらしい。
事象その物はあまりに簡素だ。
鬼一の魔術。
「アンチマテリアル」
魔術による事象を無かったことにするカウンターマジック。
それを自身に付与しただけ。
鬼一。
鬼一法眼は和刀だ。
そこに付与するのだから、当然斬撃がアンチマジックとなる。
アインは魔術をかき消すために鬼一を抜いている。
そこにアインと少年の齟齬がある。
アインの抜刀を少年が捉えていないのだ。
余りに速すぎる抜刀と納刀。
抜刀術を放って、納刀術で死に体を収める。
京八流の抜き手の一つ。
再抜。
目にもとまらぬ納刀術をそう呼ぶ。
アインが剣を抜いていないのでは無い。
アインの抜刀と納刀を……先述したように少年が認識できないだけだ。
結果、残像すら残さぬ居合いが魔術の悉くを切り散らす。
手品とも呼べない三文芝居だ。
「何だ……? お前は……?」
アインの抜刀は見えずとも、その異常性には理解が追いつく。
「名はアイン」
すっ惚けるアインも中々だ。
元より人を食った性格ではある。
この場合は、
「師匠のせい」
とアインは主張して止まない。
あながち間違ってもいなかったり。
「で」
居合いの構えのままでアインは問う。
「こっちから攻撃しても良いのか?」
「俺の防御魔術を剣で切り裂けるならな!」
「ではそうしよう」
そして決闘は最終段階。
アインが踏み出す。
アドレナリンの過剰供給。
ドクンと心臓が跳ねる。
「――――」
何かしらの魔術を行使しようとしたのだろう。
口を開きかける少年。
アインの方が速い。
チンと音が鳴った。
鬼一の歌声だ。
まさに疾風迅雷。
魔術に適した間合いを踏みつぶして抜刀。
少年の首を切って、その血が流れるより速く交差する。
アインが緩やかに納刀すると、
「――――」
お互いに背中を向け合って、
「…………」
無言で勝敗を決する。
首から血を流している少年は絶句していた。
「まだやるか?」
アインとしては些末事だ。
一応殺人は無しなので、少しの出血を呼ぶ分だけ首を切り裂いた。
それはつまり、
「本気になればわけなく首を落とす」
との宣言にも近い。
攻撃魔術が効かない。
防御魔術は間に合わない。
「…………俺の負けだ」
「賢明な判断だな」
特に勝って何かを得たわけでもないが。
「さすがお兄ちゃんにゃ!」
ソフはホケケッと感嘆した。




