第181話:アイン・ソフ08
食人鬼注意報発令。
一応教会は手を打ったらしい。
それをアインは朝の講義で知ったが。
それも不幸な事実付きで。
死体が一つ。
怪物の潜伏する可能性への具体的表明と言えたろう。
「はあ」
アインはその噂に相槌を打つ程度だ。
そもそも人の死に大げさになれない人種だ。
別に、
「死ねばいい」
と他人を呪っているわけでもないが、
「どうでもいい」
と放置している感はある。
責められることでも無い。
そんなことで、
「自己責任」
と荷負う方がどうかしている。
「じゃの」
と鬼一。
この師ありてこの弟子だ。
「とはいえ」
憂慮はある。
学院は基本的に研究機関。
魔術は軍事的裏付けと見なされているし、そのための育成を学院側も推奨しているのだが、
「命の擦り合い」
という観点で見るなら実は余り宜しくない。
攻撃魔術の有効性は否定しない。
アインをして、
「化け物」
と呼ばしめる魔術師もいる。
が、それはむしろ少数派だ。
魔術師はどこまでも貴族主義であるため、血税の上にあぐらを掻いている徒の方がむしろ割合は大きい。
無論一般的な兵士では攻撃魔術を防ぐ術を持っていないが、
「それだけじゃないしな」
がアインの結論で、
「それだけではないしの」
が鬼一の結論だ。
「そもさん」
「せっぱ」
中々に気苦労の絶える師弟である。
「もしかして昨夜のアイン様は」
リリィは聡く。
「さてな」
まぁ順当な危惧ではあれど、
「威力的に杞憂」
がアインの意見。
「大丈夫じゃ」
鬼一が感情を込めて言う。
もっとも思念の会話だが。
「魔物如きに後れを取る弟子では無いぞや」
「本当ですか?」
「少なくとも嬢ちゃんを守って生き残る程度は為してくれようぞ」
「アイン様……」
「難しい話でも無いな」
不遜ではない。
単なる事実確認。
「アイン様がそう仰るなら」
その戦力そのものはリリィも断片的になら知っている。
背景はアインが秘匿しているため明るくないが。
そんなこんなで講義が終わる。
やはりアインには波紋が立たない。
「単位を取るのは良いが……」
ぶっちゃけるなら、
「結局何の意味があるんだか」
とも言える。
一応リリィとその家族のため、という理屈もあるが、
「自己享受の無さ」
はこの際致命的だ。
「昼食はどうしましょう?」
リリィが尋ねる。
「寿司食おうぜ」
アインの好物だ。
そんなわけで学院都市へ。
教会の公布は為されたが、市場の活気は衰えない。
「ま、他人事ではあろうな」
アインもその一人。
リリィと一緒に歩いていると、
「お兄ちゃん!」
そんな声が鼓膜を打った。
「…………」
反射的に鬼一の柄を握る。
「駄目じゃぞ」
思念で掣肘する鬼一。
「何故?」
「意味なかろう」
淡泊なやり取りだが、
「お兄ちゃん!」
アインの諦観を呼ぶくらいには効果的。
蒼い髪と瞳の美少女がアインに突撃して抱きついた。
「ふえ?」
困惑するリリィ。
「趣味の悪い」
辟易するアイン。
「お兄ちゃん!」
そしてヒマワリの様な少女の笑顔。




