第179話:アイン・ソフ06
「…………」
食後の腹ごなしに運動をするアインだった。
もう慣れた学院都市をランニングする。
運動着姿だが、
「万が一に備えて」
と帯刀用のベルトをしている。
基本的に苦労人だ。
トラブルに愛されてると言える。
どこまでがアインの因子かは計れないが、
「まぁアインだし」
とレイヴ辺りは云う。
「反論したいが出来ない」
それが率直な自己評価であった。
南無三。
走る距離はほとんど長距離ランナーのそれだ。
基本的にアインが頼りにしているのは剣術。
魔術は二足のわらじで、禁術は秘匿義務がある。
付き合う必要も無いが、
「面倒事はあまり……」
というわけで処世術として従ってはいる。
結果、剣術の修得が重要事項になったが、ほとんど人外に位置する能力の獲得は他の人間にしてみれば常識の埒外だろう。
師匠である鬼一の教えもさることながら、アインの器用さも特筆できる。
「まぁ師匠と出会ってなかったら死んでいたかもな」
何度かそう思ったこともある。
これがあまり笑えない。
「無明だ」
自分を見失わないだけでも大した者だと鬼一は言うが。
「…………」
ゾクリ。
まだ暑い頃合いに冷気が刺す。
夜気の温度は少しずつ冷えていっているが、それとは別の感触だ。
「ふ」
呼吸を整えて結界を張る。
「結局こうなるのか」
殺気。
そう呼ばれる気配だ。
アイン自身は心配していないが、副次的な問題として、
「禁術を発現させない」
もまたある。
まこと世間はアインに厳しい。
逃げることも考えたが、第六感が囁いた。
「迎え撃て」
と。
「――――」
濃密な殺気が質量を伴って襲ってくる。
背後。
覚った瞬間に地を蹴る。
前方へ。
同時に反転。
夜目で襲撃者を捉える。
血彩の髪と瞳の少女だった。
闇深い光を双眸に湛えている。
「――――」
その瞳はアインを狙って鋭く輝く。
「なんだかなぁ」
冷静な対処。
「恨まれる覚えは……まぁあるな」
中々悲しい背景の持ち主だ。
手刀でアインの喉を襲う。
打ち払って姿勢を低くするアイン。
逆の腕が折り曲げられ、肘が血彩の少女の鳩尾に埋まる。
真っ当な人間なら悶絶だろう。
此度には適応されないが。
少女は逆の腕を乱暴に振り回す。
見た目とマイナスに正比例して有り得ない膂力だ。
「っ?」
少し怪訝な表情になる。
体つきを見れば分かる。
体捌きでも判断は付く。
少女の持つ戦闘能力との矛盾が。
「何者だ?」
「教えない」
「目的は?」
「喰わせろ」
「…………」
しばし黙考。
構わず少女は襲いかかったが、思考とは遊離して肉体は自動的に危機排除に動く。
敵の暴力を受け流し、叩き伏せる。
軽やかに実行してみせるアインだった。
「食人鬼……」
モンスターの一種だ。
それにしては理知的だが。
何かしらの事情があるのか。
あるいは偶然か。
「師匠を呼ぶか?」
そうも考えはするが、
「がはっ!」
とりあえず身一つで何とかなりそうだったので此度は却下。
「人外に説教するのも馬耳東風だろうが」
「何を――」
「あまり派手に暴れると学院に眼をつけられるぞ」
魔術師の虎穴。
国際共有魔術学院。
当然武闘派の魔術師も多数いる。
魔術師としての絶対数は少ないが、学院にとってありふれた職能集団もまた事実だ。
「まだやるか?」
叩き伏せて苦笑するアイン。
少女は撤退を選んだ。
「良きかな良きかな」




