第170話:枢機卿の苦労16
「まぁ案の定といえば案の定」
それがアイスと鬼一の感想だった。
帝都に着いた。
アイス枢機卿の名は帝都にも轟いている。
で、どうなったかと言えば、
『――――!』
狂乱奔走。
かくの如し。
帝都民総出で襲ってきた。
一個の群体というのは、それはそれで脅威だが、
「あくまで一般的には」
と相成る。
アイスは例外。
剣を握る兵士。
矢を射る弓手。
魔術を振るう魔術師。
斧を持つ木こり。
桑を構える農民。
包丁を握る主婦。
鎌を持つ奴隷。
石を投げる子ども。
多種多様に襲ってきた。
狂気に満ちた瞳が殺意に上塗りされてアイスを襲う。
傷を受けるアイス。
あくまで形而上で言えば……ではあるが。
そもそも物理的にレジデントコーピングを突破する方法は無い。
害性の消滅が主である故に、害意の発端は従に列席する。
端的に言えば、
「アイスの防御力が帝都民の攻撃力に勝る」
だけのことだが。
狂乱の果てに殺人を肯定する都民だったが、アイスは別にやり返しもしなかった。
相手が魔族なら瞬時に消滅させる。
ケイオス派なら封印刑。
しかし狂乱する一般市民はどうしても対処のしようがない。
致し方なくもあるが。
ある意味で『帝都そのもの』が敵と言える。
「こうなるとアイツだな」
「じゃの」
振るってきた斧を片手で迎える。
渾身で振り下ろされる斧はアイスに触れると消滅した。
残ったのは木製の柄だけ。
「?」
狂乱の最中の帝都民には意味不明だろう。
説明して分かって貰える状況でもないので、
「おやすみ」
トンと首筋に手刀を埋め込んで気絶させるアイス。
だいたいそんな感じで侵攻する。
時折矢やら魔術やらが襲い来るも、やはり無益に準じる。
正確には帝都民を巻き添えにしてしまうのだが、そこまではアイスも責任を持てない。
自身の手で救える限界をアイスは知っている。
別に、
「帝都民に神罰を」
などとは思っていないが、
「葬式屋ってのも失業知らずじゃな」
との鬼一の言には首肯してしまう。
何にしても血の一滴も流さずに帝都を縦断するのだった。
城に近づくほど狂乱は度を増していくが以下略。
「国家共有魔術学院って平和だったんだなぁ」
そこで噛みしめることでもないがアイスの精神は確かにそう思った。
入学から学院祭まで魔族およびケイオス派に振り回されたが、ある程度の範囲内でのことではあった。
少なくとも、
「国丸ごと敵対存在」
とはいかない。
それが普通なのだが、
「じゃあ普通って何よ?」
とレイヴに言われると返答に窮するのも確かだ。
南無三。
「テステス」
「感度良好」
アイスとレイヴは鬼一を通して思念でチャットをした。
「とりあえず帝室を封印刑にすればいいの?」
「でーす」
軽い教皇猊下の言。
「卿のおかげで審問官は助かってるから儲けものだね」
何がと言えば立場と行動だ。
一般市民に紛れて間諜をしているのが帝都の審問官。
その狂気に犯された帝都民がアイスを集中的に狙っているため、理性的な審問官が状況の把握を明晰に出来るということだ。
「釣りか?」
「結果論で慰めてるだけ」
然もありなん。
たまに自身のアイデンティティを顧みるアイスであった。
無益であるのはその通りだが。
城へ近づくごとにケイオス派が活発になる。
当然封印する他ない。
一般市民は介入の余地も無い。
別に狂乱から解放されたわけではなく、
「偏に軍事的戦略の模様」
との鬼一の言葉通りだ。
「ガギア帝に帝室ね……」
我が子を想って外道に堕ちる。
「お伽噺に出来るな」
「語り部になるか」
「俺にその才能は無いなぁ」
謙遜と自嘲の二重奏。
地頭は良いが、文学的感受性とは無縁だ。
良く言って秀才。
悪く言って頭でっかち。
とはいえ肉体の練度は他者と比較するのも馬鹿らしいほど練られているがソレは割愛。




