第169話:枢機卿の苦労15
「魔法騎士団消滅」
それはガギア帝国に絶望をもたらした。
二千にも及ぶケイオス派の軍隊。
それが徒労に終わったというのだから、
「開いた口が塞がらない」
が軍の心境だろう。
特に斟酌するアイスでもないが。
事実が噂になり、風聞として世論を形成する。
国の一個戦力がたった一人の枢機卿に後れを取る。
軍事的常識に浸っている人間にはあまりに計算外ではあった。
「何が起きた?」
は軍部のみならず帝国臣民の総意だ。
アイスは、
「まぁ偏に教皇の威光ですな。はっはっは」
と空笑いをするに留まる。
あまり考えたくはないが、帝国とは別の意味で憂慮するアイスなのだ。
「ま、行けば明らかにはなるな」
口笛と並行しての言葉でもある。
奪った軍馬で国境沿いからガギア帝国を北上する。
途中で学院都市にも寄ったが、状況の認識はむしろノース神国寄りで、アイス枢機卿に祈りを捧げる市民や学生が大半だった。
帝室の横暴には頭を抱えているのだろう。
ありがたい言葉を心根もなくほざいて安心させ、帝都を目指す。
ここまで空間転移を使わなかったのは、途中で侵攻してくるケイオス派を見逃さないためだ。
騎士と魔術師の兼用だけでも厄介なのに、そこに魔族の意志があれば例え一人でも国益に損害を出す。
討ち漏らしを防ぐためにはどうしても我が目で索敵するほかない。
途中途中で集落に顔を出し、宿に泊まる。
此度もその一時。
「アイス猊下……!」
その名だけで宿の女将は背筋を伸ばす。
金銭を払って泊まるだけだが、
「やはり我が国を?」
との問いには、
「まぁ」
とだけ返す。
実際に帝都は狂乱に陥っているらしい。
審問官からの情報でその点は明らかになった。
何でも教会は焼かれ、信徒は殺され、唯一神教に対する排他的な思想が蔓延しているとかなんとか。
「じゃろうな」
鬼一の声にも疲れが滲んでいる。
インテリジェンスソードに疲れという概念があるかは後の議論。
とりあえず食事を取って湯船に浸る。
「仮にロードだとするならどうすべきかね?」
湯船に立て掛けた鬼一にアイスは声をかける。
ちなみに光学的に女体と誤魔化しているだけでアイス……転じてアインは男だが、あまり気にしてもしょうがないと諦めている。
ともあれロードについてだが、
「どうにもならんじゃろ」
身も蓋もない鬼一。
「だぁな」
嘆息。
魔王。
魔族に於ける一種の階位だが、教義に於いては大敵に属する。
さすがに普遍的な魔族が帝室を乱心させ国家を奪って蛮行を振るうとはアイスも鬼一も思っていない。
結果には原因が伴う。
これは物理法則だけでなく異常法則にも適応される。
魔術を使うにもマジックトリガーは必要である。
そしてそのキャリバーとなるのは貴族の血統だ。
アイスはまた異質だが、どちらにせよ禁術も統制と能率によって運営される以上、イコールで結んで不思議はない。
「帝都の汚染者についてはどうする気じゃ?」
「非暴力不服従」
他に語る物もない。
そも教えたのは鬼一自身だ。
「苦労人じゃの」
「いい加減にして欲しくはあるな」
レイヴに目をつけられたのが運の尽き。
あるいは鬼一との邂逅か。
とはいえ二人といなければ今頃自分を見出せず鬱屈としていただろう事も事実だが。
「力を持っても」
「?」
「真っ直ぐには事も運ばんな」
「そう言うたじゃろ」
「仮想と実感に差異があるって言ってんの」
「面白い逸材じゃがのぉ」
「基本的に師匠って舐め腐ってるよな」
「世捨て人故」
アイスを鍛えるのは暇潰し。
そう言って憚らない。
「…………」
文句を言う気にならないのは、恩義の欠片だ。
愚痴る。
嘆息もする。
が、たしかに剣術と禁術の尊師としては有益な存在だ。
宗教にのめり込めないが故に心労も祟るが、枢機卿の称号返上も出来ないのは何と言うべきか。
「ロードなぁ」
湯船の縁に肘をついて脱力。
枢機卿一人で一国を左右しようというのだ。
神の威光の何たるか?
不条理は世の常だが、
「それにしても限度がある」
とは後の帝都民の言葉でもあった。




