第168話:枢機卿の苦労14
「とはいえ」
アイスは国境まで空間転移をした後、情報に従ってえっちらおっちら帝国を北上していた。
「残業だろコレ」
愚痴も出る。
教皇の威光。
教会の事情。
どちらも把握はしているが、納得とはまた別感情。
時折ノース神国に南下してくる市民たちに話を聞いて帝国軍の運用を明るくしていく。
「大凡予定通りだね」
レイヴは憂いも無く軽やかに言った。
鬼一を通じてリアルタイムで情報を送っているのだ。
アイスからレイヴへ。
そして軍部へ。
「なんでただ働きに命を賭けなきゃならんのか」
これは正確ではない。
アイスにとって色々と思索する限りでは、此度の帝国の乱心はもう一幕ある。
その対処はある意味でアイスにしか出来ない。
レイヴでも代用は出来るだろうが、教皇と枢機卿なら枢機卿が能動的に働くのは階級社会の基礎だ。
無念。
「ま、今は無心に戦闘に備えやれ」
宗教礼服の腰に差した和刀……鬼一法眼がアイスの不満を黙らせた。
「アーゲー」
他に言い様もない。
帝国から逃げてきた市民を誘導し、時に補給をして貰いながら先を進む。
帝国軍。
その魔法騎士団。
国境やや帝国寄りで鉢合わせた。
もともと情報を逆算して進軍ルートを逆行していたのだから当然いつかは鉢合わせる。
その様にアイスは動いたのだ。
「剣聖……!」
理性ある軍人は戦慄したが、
『――――!』
吠えるように襲いかかってくる兵士も居た。
「何人だ?」
「二千人と云ったところじゃな」
思念の会話。
これが単なる一般兵士ならば少ないと思うところだが、魔術を覚えた騎士の軍勢とみるなら十二分に驚異に値する。
魔術師はそれだけで一個中隊を超える。
灼熱。
氷雪。
疾風。
雷撃。
土砂。
あらゆる事象が熱力学を無視して具現する。
怒濤の勢いで魔術がアイスを襲うが、
「まぁな。なんだかな」
特に痛痒にも当たらない。
禁術。
レジデントコーピング。
あらゆる害性を無かったことにする絶対防御。
そうであるからこそ教皇レイヴのエースなのだから。
『――――!』
ケイオス派から魔術が次々と放たれるが、涼やかに歩みを止めないアイス。
「そっちも大変だな」
パチンとフィンガースナップ。
「判決。封印刑」
その言葉で軍隊の一部がフツリと消える。
「っ?」
不条理。
道理に則さないアイスの能力に困惑する魔法騎士団。
まるで、
「抉り取られるように」
という表現が似つかわしい消滅であった。
「枢機卿が人を殺すか……!」
「どの口が」
とは思念でのツッコミ。
口から出たのはむしろ弁明だ。
「殺していませんよ」
サクリと答える。
「消滅させたろう!」
「してませんて……」
ヒラヒラと手を振る。
「ただ封印刑に処しただけで」
「封印?」
「ええ。空間転移の要領で隔離世界に送っただけのこと」
人を殺せない枢機卿。
魔族そのものなら滅ぼせるがケイオス派は人間のカテゴリーに入るためアイスには殺すことが出来ない。
結果生まれたのが封印刑。
鬼一の知識伝授とアイスの禁術の作用で生まれた戦術コントロール。
殺すのではなく流刑地に島流しにする禁術。
「ま、手品の類だがな」
あまり自慢できる手法でもないのはアイスも認めるところだ。
「さて」
アイスは微笑して手招きする。
「封印刑に処されたい奴から掛かってきなさいな」
それは死神の手招きに相当したろう。
殺されはしないにしても何処ともしれない所に跳ばされる。
理性あるケイオス派でも躊躇する。
理性のたがが外れ単純に『人間へのアンチテーゼ』と成り果てたケイオス派は魔術を乱発しては消えていく。
「なんで軍隊の代わりに俺が敵軍を殲滅してんだか……」
「聖なる任務じゃろ?」
鬼一のからかいには乗らず封印刑を執行する。
フツリフツリと消えていく魔法騎士団。
別に一度に丸ごと帝国軍を封印にも出来る。
しなかったのは単純に一般兵士が紛れている可能性を考慮してのことだ。
杞憂に終わったが。




