第163話:枢機卿の苦労09
「一応こっちにも都合とか予定はあるんだが」
開口一番は愚痴だった。
艶やかな白髪に真珠の瞳。
アイス枢機卿だ。
場所は聖櫃の間。
レイヴは保護しているジリアと茶をしばいていた。
「こっちにも都合も予定もありますので」
すまし顔でレイヴも反論する。
これが執務室で書類に忙殺されているなら説得力も帯びようが、聖櫃の間で紅茶を飲んでいればどう見ても、
「よく言って賽銭泥棒」
以上ではない。
「ていうか」
チラと燈色の髪の客分を見る。
「ジリア殿下を気に入ったのか?」
「個人的にも政略的にも仲良くするのは良い事だ」
「猊下がソレで良いなら良いんだが」
何はともあれ教皇にとっての気安い相手がいるのはアイスとしても悪いことばかりでもない。
「アイス猊下……」
ジリアの方はアイス……そしてその背景であるアインに気圧されているようだった。
「そんな肩に力をこめんでも」
ひらひらと手を振る。
緊張するなの意だ。
「で、聖剣騎士団の勉強に付き合えって?」
「得意でしょ?」
「褒められた類でもないがな」
視線に疲労が感じられる。
「ていうかアイン卿は宮廷魔術師に為らんといかんのだが……」
「難度も言うけど年齢が相応に為ったらアインには正式に枢機卿だと喧伝して貰うよ?」
「どの口が」
とはアイスの本音だ。
この世界の主流。
唯一神教。
その教皇猊下であるレイヴはアインより更に幼い。
あえて逆鱗に触れる必要もないため実年齢については黙っているが、
「此奴のどこに有り難みがある?」
はアイスの思案するところだ。
「その辺は人徳ですね」
ぬけぬけとレイヴはほざいた。
「宮廷魔術師はどうすれば?」
「王より神に仕える方が有意義とは思いません?」
「もう師匠から聞いちゃってるからなぁ……」
色々と残念だった。
「ていうかアインが禁術師のファーストワンである以上、あまり血を広げられると……」
「そう言うよな」
「じゃの」
師弟揃って脱力した。
「何か腹案は?」
「再婚」
「誰と誰が?」
「クイン家当主と魔術貴族の未亡人」
「あー……」
理屈はアイスにも分かる。
要するにアイン卿とは別に、
「クイン家の正当な直系」
を別に用意するという手段。
さすがにアインは例外中の例外であるため、仮に事がそう運んだら生まれてくる子どもは豊かな魔術の才能を持つだろう。
そしてそれが大貴族クイン家の直系ともなれば通念上として裕福に暮らせるのも事実。
少なくとも水や塩を売って暮らす生活とは遊離できる。
「アインも書類上はちゃんと枢機卿なんだから神の意向には従ってもらうよ」
「神の意向っていうかお前の都合だろ」
「えへ」
鬼一法眼を抜刀すべきか迷うアイスだった。
もっとも肯定するにはレイヴの魔術特性が邪魔だが。
「で、聖剣騎士団?」
「そ」
騎士団。
国の持つ武力の一角で、なお王室に忠誠を誓う正式な武人が徴用される部隊を指す。
ノース神国には……アイスと鬼一曰く、
「税金の無駄遣い」
に相当するが、政治的なカードとしてはどうしても必要になる。
一種の必要悪の類だろう。
教皇レイヴの持つ戦力……審問官や代行師とはまた別だ。
無論信仰の道を外れはしないが、それでも騎士団は道徳に不足がない限りにおいては王室に頭を垂れる。
ノース神国そのものが戦争とは縁がないためあまり戦力を持つことはしないが、それでも国そのものが武力を持つのは有益だ。
この世界にシビリアンコントロールはないため、軍隊とは民衆ではなく王族に奉じられるもの。
その上で民衆による反乱から盗賊の駆逐まで、色々と便利に使われてはいる。
幾つか騎士団にも種類は存在するが、アイスにとって最も身近なソレが聖剣騎士団である。
聖剣を与えられ、その宿る異能を行使する騎士と魔術師の二足のわらじ。
聖剣。
剣聖。
中々皮肉な又従兄弟。
名が似ているからという理由で聖剣騎士団はアイスを神聖視しているのだった。
「口に出すのは憚られる」
を前提とするなら、
「ある意味教皇以上に有り難い存在」
と騎士団内でも囁かれている。
人の口には戸を立てられないので、その風聞はアイスとレイヴの耳にも届いているが、
「へぇ」
「はあ」
そんな感動詞で片付ける。
その地位にマイナス方面で正比例しながら、アイスにしろレイヴにしろ自身を神格化することはないのだ。




