第160話:枢機卿の苦労06
ワンデイ。
アインとリリィは肩を並べて神都を歩いていた。
アインは何時もの黒衣礼服。
リリィは夏らしい涼しげなワンピース。
人に数えるべきか。
鬼一もしっかりアインの腰に収まっている。
昼間故に市場は活発。
熱はあるが夏なのか商魂なのかは判断が付かない。
時折騎士の類が見受けられるが、神都ならではだろう。
ガギア帝の乱心の旨はノース神国にも広まっている。
教会および宮殿には長蛇の列が出来ていた。
曰く、
「ノース神国はどうなるのか?」
その一点だ。
事情の裏を知っているアインにしてみれば、
「どうにかなるだろう」
と言えるが、その根拠を提示できないため無意味ではある。
けれども街行く人の感情に少しシミが滲んでいるのは妥当だ。
リリィの、
「教会に行きましょう」
との言葉を尊重してそちらに歩を向けたが、色々と教会は大人気だった。
「よくもまぁ」
とは不敬罪であれど事情に則した論評でもある。
リリィは教会に拝礼するため列に並んだが、当然アインは付き合わない。
この信仰心の薄さは既にリリィの知るところなので何も言われたりしなかった。
学院でも似たような状況ではあったため今更だろう。
近くの喫茶店で紅茶とクッキーのセットを頼み、優雅に昼を過ごす。
「超過勤務御苦労様」
アインは鬼一を通して教会にいるライトに話しかけた。
思念チャット。
大勢の人間に神の教えを諭して安心を与える。
時に詭弁を弄すことも厭わない。
ライト自身は審問官という裏の顔を持つが、一応教徒でもあるためアインに暇を出されるに限って信徒の相手も必要だ。
なおライトは美少女でもあるため神性抜群。
下心で礼拝に来る人間まで出る始末。
まぁ腹の底は読めないため信者は十把を一絡げだが。
「猊下は動かないんですか?」
「教皇の意も受けてないんでな」
「後手に回るのでしょうか?」
「大体に於いて神罰は人の業へのリアクションだ」
独創性はないが普遍的ではある。
人が罪を犯さなければ神罰は発生しない。
ノース神国は唯一神教の教義を体現する聖地。
神罰の代行は罪あっての物。
ケイオス派の断行は国家の基盤を揺るがす大罪だが、今のところ帝国は神国に侵攻はしていない。
「何故か?」
は疑問として成立しない。
「魔法騎士団の兵站」
ソに尽きる。
「猊下はソレを待っていらっしゃるので?」
「俺がと言うよりレイヴがな」
間諜としての仕事は果たしている。
帝都に行くまでも無く学院都市で魔族の浸透は身に染みた。
事実の如何を覚えているジリア王女殿下も保護している。
色々と世論が無茶苦茶ではあるが、
「ノース神国が他国に侵攻するのは形而上で」
というお約束もあるのだ。
侵攻というか信仰だろうが。
紅茶を飲む。
「あまり派手なことをすると内政干渉の問題も発生するしな」
時既に遅し。
剣聖アイス枢機卿の断行があるのは事実だ。
とはいえ因果干渉に於いてこれは有用だった。
その辺はむしろ教皇レイヴの功績だが。
「それともお前がガギア帝を暗殺するか?」
「殺人は教義に反します故」
『おかげで俺が苦労する』
自己内での思念でそう思い、嘆息。
クッキーを咀嚼する。
「戦争が起きるとしたら何かと不利でしょうね」
「だな」
心ない同意。
別に腹芸の一つや二つはやってのけるアインだ。
「結局のところ」
とはライト。
「何故に私は猊下のお供に選ばれなかったのでしょうか?」
アイスの間諜。
手足に審問官が付き添うのは必然だが、
「レイヴに聞け」
紅茶を飲みながら知らない振り。
元より付き合った審問官が殉職したのだ。
それをそれで済ませるほど、実はあまり心穏やかでもない。
直接的な仇は討ったが、清算したわけでもない。
「とはいえ」
「とはいえ?」
「いや、何でもにゃ~」
誤魔化して紅茶を飲む。
とはいえ……………………国以上に子を憂う精神自体は分からないでもない。
大凡における人の愛は時折道徳にすら離反する。
今回の一件はその判例だ。
「国政を過った」
と言うのは簡単だが、人間とは顔に付いた二つの目で世界を認識するので、その目に映る儚い命が意識にちらつくのもしょうがない。
まして愛娘の死が突きつけられて愛と理性の天秤が触れるのも人としてまこと正しい。
ある意味ソレが唯一神の采配だというのなら、
「主を憎んで魔族に傾く」
それを否定できる要素もないだろう。
「猊下は心安んじておられますね」
「案外そうでもない」
ガギア帝がそうであるように、アインもまた自己の不利益による不満を持たないわけではないのだ。




