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第159話:枢機卿の苦労05


 リリィの魔術で温風を出力し、髪を乾かして寝間着に着替える。


 リリィが添い寝したいというので、甘やかして寝室に向かっていると、夜の闇が一部抵抗を受けていた。


 扉から漏れる光。


 屋敷の執務室だ。


 リリィと顔を見合わせて、


「何か?」


「何でしょう?」


 そんな視線で会話する。


 仲の良い証拠だが、一交差の議論では結論もない。


 閉めそこなっている扉を開けて室内の実父を見ていると、真剣に資料と格闘していた。


 傍には筆頭執事がおり、助言やフォローをしていたが、瞬時にこちらに気付く。


「これはアイン様にリリィ様」


「……お前か」


 クインの機嫌はあまりよろしくもないらしい。


「珍しいな。お前がこんな時間に執務に励むとは」


「何処かの息子が不出来でな」


「そりゃ残念だったな」


 皮肉としてはあまりに低次元であったため、別に神経の逆撫でともいかない。


「アイン様の意見を聞くのも一案ではないかと」


 執事がそんな具申をした。


「俺に関することか」


「……ああ」


 少し躊躇しながらクインは頷く。


 執事が使用人に命令し、飲み物を用意して貰う。


 アインはチョコレートでリリィはハーブティー。


 クインは既に執事が直々に淹れた紅茶を嗜んでいた。


「苦くないのか?」


 珍獣でも見るようにクインは息子に問うた。


「慣れれば然程でもないな」


 義母が淹れてくれるチョコレートが一番ではあるが、一種の妥協としても使用人の淹れたソレも中々だ。


「で、何してんだ?」


 チョコレートを飲みながら事態を進める。


「貴様の結婚相手についてだ」


「あー……」


『なるほど』


 とは思うが、ある種の疲労感だ。


 何の因果か魔術適性のないアインがクイン家の後継者。


 その件の延長線上。


 アインが魔術を使えないため、魔術を使える婚約者は必要だろう。


 その上で国でも指折りの大貴族。


 ノース神国に広大な領地を持ち、なお魔術師の戦力までも麾下に持っている。


「戦闘に特化した魔術師は兵士一個大隊に値する」


 はしばしばジョークとして扱われ、尚且つ現実味を帯びる。


 アインにしてみれば、


「人殺しが上手で何の自慢になるんだか」


 ではあるが、少なくとも貴族が戦力を持つのは支配的な平和模索という意味で無益とはさすがに言い辛い。


 教皇レイヴ曰く、


「アインは一騎当星」


 となる。


 そのアイン曰く、


「レイヴは一騎当世」


 となる。


 ちなみにソレらは既に言い合った仲だが二人揃って、


「巧みな比喩だ」


 と納得せざるを得なかった。


「不遜だ」


 と言うにはあまり根拠が強固すぎる。


 基本的に二人揃って、


「誰が勝てる?」


 と言わしめるのだ。


 閑話休題。


 そんなわけで、この際のアインの心境並びに本音はともあれ、クインとしてはアインと結婚する人間には、自身の領地と膨大な魔術師という財産を受け継がせる羽目になる。


「あまりに政治的すぎる」


 がアインの論評だが、貴族主義たる実父の思考が救い難いのは既知だ。


 批判するのも馬鹿らしいので、


「南無三」


 と心の中で印を切る。


 一応選ぶ立場ではあるとはいえ、


「アインの能力の及ばない女性」


 を選ばなければならないのが実父クインの辛いところだろう。


 当然結婚ともなればアインの無能を理解せねばならない。


 そこにつけ込んでアインを傀儡にし、形而下の意味で、


「軒を貸して母屋を取られる」


 となれば身も蓋もない。


「あくまで実父の意見では」


 とアインは呆れ果てるばかりだが。


 一部資料に目を通して意見交換こそしたものの、あまり建設的とも言えなかった。


「魔術師としての才あふれながらアインの三歩後ろの影を踏む」


 クインの理想はそんなところ。


「さいでっかー……」


 リリィの慕情とは別の意味で呆れ果てるしかない。


 魔術の才。


 奥ゆかしさ。


 この二つを並列させるのはあまりに希有な事例と言える。


 国家共有魔術学院でも覚ったが、基本的に魔術を得手とする人間は不遜に陥る。


 自負と謙遜は水と油だろう。


「乳化も一考には値するが」


 とは後の鬼一の言。


 アインとて自身の能力については自負を持っている。


 それでも周りに威張り散らさないのは、鬼一の薫陶と貴族主義への侮蔑ならびに禁術の秘匿性あってのものだ。


「世の中は常に渡りにくい」


 こう云うときは馬鹿をしでかした愚兄たちに不満をぶつけたいところだ。


 死人に口なしもまた事実ではあるが。


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