第156話:枢機卿の苦労02
「で」
閑話休題。
「サクサク話して貰おうか」
紅茶を飲みながらアインがジリアに問うた。
「何をですの?」
「帝都の状況」
「…………」
まぁそうなる。
そもそもの発端が、
「ガギア帝国によるノース神国への侵攻」
が先にある。
その上で、
「ケイオス派を組織して魔法騎士団を成立」
させ、
「国家を上げて戦争の拡大を図る」
という。
実際に帝国の学院都市でも劣化版とはいえケイオス派の兵站は行なわれていた。
剣聖によって一夜で潰えたが。
なお、
「ケイオス派が組織的に動く」
また、
「帝国民を襲わない」
ともなれば裏を疑って然るべきだ。
ジリアはその下地にある魔族に襲われていた。
これらを独立した現象として再編纂しろという方が有り得ない。
「えと……」
紅茶を飲む。
「…………」
レイヴは幸せそうにクッキーを頬張っていた。
オーラはともあれ目の方は笑ってなかったが。
「帝室が魔族に乗っ取られましたの」
「…………」
「…………」
考え得る限り最悪の展開ではあったが、アインとレイヴの覚悟を超えなかった。
特に瞠目するでも無く紅茶を嗜む。
「意外と冷静ですわね」
「まぁジリア殿下が帝室から逃げてきたなら帝室に相応のことが起こっているのは至極道理だし」
そういうことだった。
こうなればガギア帝の乱心と国家の暴走の理由も付く。
確認作業で事情が片付くわけでもないが、心構え程度は出来るだろう。
「で、お前はケイオス派にならなかったのか?」
「まぁ……ですわ」
「何故?」
「これでも一応敬虔な信徒のつもりですわ」
「ご立派だな」
「アイン猊下は違いますの」
「主の代行としては働くがなぁ」
遠い目。
そこにレゾンデートルを持ち込むのもニヒリズムの一種だろう。
鬼一から世界の構造の講義を受けた身としては何かと気苦労が絶えない信仰の道。
南無三。
「猊下は御力を貸していただけますの?」
「レイヴに聞け」
「…………」
「大丈夫。アイスがいれば万事解決」
グッとサムズアップ。
「教皇の有り難みって何だろな……」
「今更じゃがな……」
思念で会話する師弟だった。
「結局何でガギア帝はケイオス派に?」
「愛娘を救うためですわ」
「お前か?」
「いえ。わたくしの妹ですわね」
「シャナ王女殿下……」
レイヴは知っているらしい。
むしろ知らないアインが例外だ。
隣国の重鎮の把握も仕事の内ではあるはずなのだが。
「ソイツがどうしたって?」
「生まれつき体が弱くて大人に成るまで生きられないとの医者の判断でした」
「はあ……」
ポヤッと相槌を打つアイン。
「あらゆる手段を試して、その全てが徒労に終わりました」
最新医学。
治療魔術。
また魔術で創られた秘薬。
「で」
アインが結論づける。
「既存の手段で駄目だったから魔族と契約してシャナを救う手段を得たと?」
「そういうことになりますわね」
「そのシャナは助かったのか?」
「はい。みるみる元気になりました」
「代わりに皇帝がケイオス派に……」
「ですわ」
何と言って良いのやら。
皇帝の気持ちも汲んで察せないわけではないが、
「それにしても」
が正直な処。
自国に対する責任と愛娘の寿命を天秤に預けるという考えが、ある意味で個人的すぎると言わざるを得ない。
「悪いことをしている」
とは責められないにしても、
「軽挙妄動」
に相違ない。
今更言っても詮方ないが。
「どする?」
「少々荒治療が必要になるな」
「だぁねぇ」
分かっているのかいないのか。
バターの香りが芳しいクッキーを口に放るレイヴだった。




