第155話:枢機卿の苦労01
ともあれ確認することがあったためアインは一度ノース神国に戻った。
宮殿。
その聖櫃の間。
レイヴが公的に使うための部屋ではあるが、そもそも個人での謁見がそんなにないため、玉座から数段下がった位置にある謁見者が拝謁する座標にテーブルと椅子を用意し、喫茶で無聊を慰めているのが現状だ。
あまりといえばあまりだが、アインには慣れたものだ。
そのアインが聖櫃の間に顔を出すとレイヴと……それからジリアが茶をしばいていた。
「おや、お帰りで?」
「葬儀も済んだしな」
アインは肩をすくめる。
「え?」
とはジリア。
困惑。
燈色の瞳はそんな風に煌めいた。
然もあろう。
司祭ですら入れない聖櫃の間。
実際に程度の差はあれ入室したことがあるのは頭を下げるために訪問してきた王冠の主か枢機卿かといった具合。
アインは後者だ。
「何故アインがこちらに?」
「あーっと……」
説明して良いものか迷うが、
「いいんじゃない?」
とレイヴが簡潔に肯定した。
「然りじゃな」
鬼一も同意見らしい。
「まぁ隠すことでもないか」
アインは後頭部を掻く。
いつもの嘆息。
そして光学的に変身する。
鬼一の魔術だ。
映像としての変換は一瞬。
黒髪黒眼の少年が白髪白眼の少女となる。
「アイス枢機卿猊下……!」
知らぬ者無き剣聖枢機卿。
剣一本で(というと嘘になるが)魔族を滅ぼす剛の者。
アイスはチョンチョンと鬼一の柄頭を叩く。
意を察した鬼一が魔術を取り止める。
またアインに戻る。
「とまぁそういうわけ」
使用人(無論、人ではない)に席を用意してもらい紅茶を飲む。
ここ最近はチョコレートばっかり飲んでいたので、中々新鮮だ。
なおレイヴが手ずから淹れているため価値はプライスレス。
「アインが……アイス猊下……?」
「まぁ覆面としてな」
「一応書類上ではアイン自身も枢機卿だけどね」
クッキーを頬張りながらレイヴが補足する。
高らかに宣言していないことと、その書類管理をレイヴ自身が管轄にしているため、事情を知っているのは数えられるほどだ。
ノース神国の王侯貴族すら知らない。
レイヴは例外だが、此処に審問官であるライトも含まれる。
今回は対外的に問題の発生が懸念されたためライトは留守を任されたが、コロネの殉職を顧みれば正しい判断と言えるだろう。
「アイン猊下では駄目なのですか?」
「色々となぁ」
一番の理由は禁術だ。
世界を削減することで事象を起こす破滅手段。
別に犯罪には当たらないが、認識されて知識が普及すると第二、第三の禁術師が生まれる可能性もある。
レイヴがいるため『最悪の結果には到らない』が、それでも秘匿すべき技術ではある。
そして遺憾なく禁術を使うに当たって覆面を纏うのは簡素ながら有益だ。
「なるほど」
とジリア。
禁術云々は置くとしてもアインの超戦力については思うところもあるらしい。
「言っている意味はわかるな?」
脅迫の一形態。
アイン。
並びにアイス。
その本質を暴露すること。
「う」
と紅茶を嚥下した後、ヘニャリと眉を歪める。
「他言無用ですか」
「というかジリアを通してノース神国とガギア帝国との裏パイプの構築。まさかただ働きで帝国の暴走を止めて貰えるとは思っていまい?」
「ですね」
理解は思いの外早かった。
魔族に狙われる身であれば戦うための手段がいる。
なお王族であるはずのガギア帝は王女殿下。
そんな人物が魔族に襲われた。
そもそも帝都を出て学院都市に身を移した。
その理由が最大だ。
そしてレイヴが望む以上、帝国の問題を解決するのは十中八九アインとアイスである。
「労災は下りるんだろうな」
とアインが問うと、
「万が一でアインが怪我を出来るならね」
飄々と皮肉るレイヴ。
「…………」
まぁ事実ではある。
禁術による自動防御。
レジデントコーピング。
万に一つも有り得ない。
「精神的な疲弊については?」
「医者を頼って」
ケラケラとレイヴは笑った。
中々どうして大物だ。
教皇猊下であるから弁舌達者はこの際嗜みの一つだろうが。
「まぁそういうよな」
アインの方も反論はない。
レイヴとて皮肉はあっても悪感情でアインをこき使っているわけでもないのだから。




