第152話:背信の魔窟16
「さて」
威嚇するように睨み据えるケイオス派を見やって云う。
「魔術が通じないのは身に染みたでしょう? その仮初めに手に入れた肉体でかかってきなさい。唯一神の恩寵を与えて差しあげましょう」
明々白々な……それは挑発。
遠距離魔術狙撃。
並びに八方を囲んでの魔術攻撃。
その双方を以てして、
「無益」
と断じるアイス。
ケイオス派が何を考えているかはさすがのアイスにも埒外だが、警戒の心情程度は汲み取れた。
とはいえ不思議もある。
夜も最中とはいえ人通りはある。
ケイオス派の出現によって近場の人間は逃げ出したが、時折遮蔽物に隠れて此方を覗いている市民も見かける。
ケイオス派の末期症状は魔族に意識を完全に乗っ取られる。
枢機卿は魔族の天敵であるため襲撃するも吝かではなかろうが、一般市民に対して攻撃性を発揮しないのは……一種の矛盾だろう。
色々と思考はするが、それとは別に肉体も動いた。
魔術が襲う。
それと並行してケイオス派が武器を振るってくる。
アイスは踏み出した。
どちらにせよ包囲はされているため、自身が動くことで包囲網に間隙が生まれる。
ケイオス派の魔術は速度はともあれ軌道は直線なので、一瞬で身を移したアイスの残像をすり抜ける。
踏み出した先の魔術だけはアンチマテリアルで相殺したが。
同時に襲ってきたケイオス派。
その一人。
いかにも、
「傭兵です」
と主張している体つきと装備だが、アイスにとってはあまり難問でもない。
振るわれる剣に鬼一をあてて圧を加える。
鈍い金属音が鳴った。
ケイオス派の振るった剣が根元からへし折れる。
割抜。
そう呼ばれる武器破壊の御手だ。
「――――」
ケイオス派の困惑に付き合うほどアイスの懐は広くない。
剣を割った鬼一が一瞬で機動を変える。
クンと一拍子。
高度が上がり、水平に。
それは綺麗にケイオス派の目を切り裂いた。
痛覚。
失明。
同情する気にもならない。
混乱するケイオス派の真横をすり抜けて、ついでに脚の腱を切る。
だいたいケイオス派に対する処方の基本。
「殺さずに無力化ってのもな」
「仕方なかろう。教義には逆らえん」
全く以てその通り。
枢機卿は教義の体現。
であれば殺人は御法度だ。
別段ケイオス派を畏れたことは無いが、
「同情の余地があるかね?」
はアイスが常に思うところだ。
ピッと血の飛沫が飛び散る。
アイスの振るった和刀から滴る血液だ。
さらに加速。
剣を持って襲ってきたケイオス派の後方に位置するケイオス派。
そに間合いを詰める。
魔術を用いようとするが、
「あまりに遅い」
がアイスの論評。
コンセントレーション。
思考による術式の構築。
呪文による小宇宙没頭。
そこで漸く魔術の顕現と相成るが、
「――――」
魔族がコンセントレーションを起こすよりアイスの剣が速度で勝った。
生半なことではない。
思考より速い剣。
あり得るかと問われれば大凡は、
「不可能」
と答えるだろうが、アイスは例外だ。
天狗の剣。
あらゆる剣術の祖である鬼一法眼は京八流。
精神の加速と剣の加速。
その双方を以て、
「流星に届く」
と称される武の極み。
当然弱者を襲う魔族程度に到れる境地ではない。
流れ星にも相当する疾風がケイオス派を叩いたときには全てが決していた。
双眸を切り裂かれ、脚の腱を切り裂かれる。
痛みに悶えるケイオス派。
アイスは回転。
遠心力が鬼一に塗りつけられた血を払い、惨劇の序幕を演出する。
無力化したケイオス派は二人。
なお目に見えるだけで十人のケイオスがおり、更に遠距離魔術支援に四人のケイオス派が離れた場所にいる。
が、
「――――」
ケイオス派の心情は優れない。
失った戦力は二人だけだが、その手際と効率と能力は魔族をして、
「本当に人間か?」
と疑わざるを得ないものだった。
「さて次」
アイスは鬼一を片手で構えて絶望的な宣告をした。




