第15話:国家共有魔術学院08
とりあえず講義が終わって部屋から出ようとすると、
「ちょっとツラ貸せや」
大柄な男子生徒がアインに声をかけてきた。
アインはリリィを背後に控え、腕にアンネを抱きつかせていた。
というか抱きつかせざるを得なかった。
「拒否すれば有ること無いことばらまく」
と脅されたためだ。
こういう駆け引きは恋愛に対する機微の差と言えよう。
で、閑話休題。
「何でツラを貸す必要があるんだ?」
付き合っていられない。
率直なアインの感想だ。
「男二人で話したいことがあるんだよ」
「俺にそっちの趣味は無いぞ?」
「それとも此処で死ぬか?」
スッと男子生徒は左手をアインに差し出した。
後は呪文を唱えれば照準されているアイン目掛けて魔術が飛ぶだろう。
「その場合コイツが」
とアインはチラリとアンネを見やる。
「巻き添えになるが」
アンネは男子生徒が目に入っていなかったらしい。
ハートマークを乱舞させながら幸せそうにアインの腕に抱きついていた。
「用件なら此処で聞くから三十秒で終わらせてくれ」
どこまでも不遜。
だからこそのアインなのだが。
「ツラを貸せと言ったのがわからなかったのか?」
「へえへ」
アインは嘆息した。
「いいのか?」
鬼一が問う。
「別段問題も無いだろ」
少なくとも男子生徒が暴論に訴える限りにおいては。
「しかしのう」
「場合によっては師匠の手を借りるかも」
「物理的に?」
「物理的に」
チョンチョンとアインは鬼一の柄頭を突いた。
「であれば問題も無いか……」
「その通り」
そんな風に思念でやりとりして、
「離せ」
とアインはアンネに言う。
「何で?」
男子生徒が目に入っていないアンネは理屈をわかっていない。
「だから……」
うだうだと状況を説明する。
「お姉さんもついて行こっか?」
それは健全な提案だった。
「いいか?」
アインが男子生徒に聞いた。
「駄目に決まっているだろう」
さも当然と言われる。
「後ろめたいことでもするの?」
当然の思惑に、
「アンネ様が居られては説得が難しいですから」
アンネに様を付ける男子生徒。
だいたいそれで状況を把握するアインだった。
黒い瞳は疲労を映した。
黒い髪を手で梳く。
「やれやれ」
フイと合気の要領でアンネの抱擁から逃れる。
そしてバランスを崩したアンネを抱き留める。
黒と燈の視線が交錯する。
「ふえ……」
恋愛上級者のアンネがまっすぐに見据えるアインの瞳に、生娘の様に言葉を失うのだった。
「アイン……?」
「特に意味のある抱擁じゃ無いぞ」
そこに疑念を差し挟む余地はない。
「何をしている……っ!」
男子生徒がそんなアインを睨んだ。
「何でも何も……」
抱擁からアンネを解放してアインは肩をすくめる。
「馴れ馴れしいぞ!」
「それはアンネに言ってくれ」
自分は被害者だ。
ハンズアップするアインだった。
黒の瞳に気後れは無い。
不遜の塊。
そしてその根拠がアインにはある。
一本の芯としてアインを貫いている。
「さて、それじゃあ話を聞こうか」
「ついてこい」
男子生徒はアインに背中をみせた。
「アイン様……」
リリィがオロオロしていた。
「俺は大丈夫だ。代わりにアンネに付き添ってやってくれ」
「お食事は?」
「こっちで勝手にとる」
苦笑。
「寮部屋で合流するぞ」
「ではその通りに」
リリィは頭を下げた。
「面倒じゃのう」
鬼一がぶつくさこぼす。
「渡世の義理だ」
思念で答えて嘆息するアインだった。