第145話:背信の魔窟09
「なるほどの」
とは鬼一の確認。
人間以上の知覚能力を持っているが千里眼のような便利な物でもない。
座標特定は必須であるし、その上で幾つか視覚を並列させてもいる。
でなければアインはもっとレイヴにこき使われているはずだ。
閑話休題。
「地下ね」
スラム街の地下水路。
汚水処理場は学院街の方にあるが、中々に臭いはきつかった。
「おおよそ人の居るべき場所でもないな」
「魔族が潜んでおるな」
「人目が無いから気楽なもんだ」
サクリと言って地下水路に潜る。
「――っ!」
襲ってきたのは当然魔族。
であるから魔術相応だ。
狭い領域を灼熱が駆け抜ける。
防御は出来れど回避は不能。
「とはいえなぁ」
アインはいっそ涼しげだ。
レジデントコーピング。
禁術の自動防御はあまりの威力。
「ギ?」
魔族が訝しがるようにアインを見た。
視線が交錯すると、
「まぁ手加減の必要がないってのも意外と珍しいな」
サクリと魔族を消した。
消失。
消滅。
一切の被呵責なく命を消していく。
次々と魔術が襲うがアインには一分も届かない。
「どっちが怪物か分かりゃしない」
自嘲するアインに、
「ま、基本的には五十歩百歩じゃの」
「世界平和には魔族が必要……だったか?」
「その通りじゃ」
それもそれで何だかな。
思うだけに留めてアインは嘆息。
サクサクと魔族を消していく。
とうとう底を突いたのか。
以降は安穏とした物だ。
下水路を歩きながら師匠と言い合う。
「結局学院長は此処に居るで良いのか?」
「ある種の、の」
「師匠にしては歯に物挟んだ言い方だな」
「いや、まぁ、そうなんじゃが」
見れば分かる
鬼一はそう言った。
「まぁいいんだが」
とアイン。
そして下水路から繋がる広間に出た。
水道局の役員が使うスペースだ。
「…………」
今は魔法陣が敷設してあるが。
「ほう。やるな」
一体の魔族と、
「…………」
一個の瓶が、そこにいる全てだ。
「警備の同族はどうした?」
「天誅」
端的極まる発言だ。
元より説明に意味を含有することでもないが。
「魔族の生産工房な……」
魔法陣の特性と、その中心に据えられている瓶を見てアインは概ねを察した。
なるほど鬼一が言い煩うわけである。
瓶の中には人脳が入っている。
頸骨までの神経が摘出されており、瓶の中の栄養液の中で浮かんでいる。
「さすがは魔族の所業だな」
「お褒め与り恐縮の至り」
魔法陣の明かりの中で慇懃に魔族は一礼した。
学院長が魔族に与するとは考えにくい。
が、魔族の召喚にはそれなりの技術が要る。
粗雑であればあるほど難易度は下がるが、それでも一般人には脅威……であるとするならば。
とはいえこれは教会の威光でどうにでもなる。
学院祭での一件はこっちに由来する。
真っ当な魔族を召喚するともなれば学院の教授クラスの才能と実力はあってしかるべき。
国家共有魔術学院にもその能力の獲得している教授もいたりいなかったりする。
先の例は、
「あくまで能力として出来る」
であって、
「無尽蔵に魔族を召喚して迷惑をかける」
ではないが。
受動的な存在であるが故に次に何をするかは気が重いが閑話休題。
今回の学院街での魔族の跋扈は見えている脳の瓶詰めに由来する。
要するに自動的に魔術を出力する機能だけを抽出して足りない部分を魔法陣で補完。
結果、自動で魔族を召喚する機能の出来上がり……というわけだ。
「何はともあれ此処を潰せば魔族の過供給も止まるわけだ」
「させると思うてか?」
自律して尚、思考を持つ。
中級あたりの魔族だろうがあまりに役者不足。
カーディナルであるアインの敵ではない。
「すまんな」
聞こえてはいないだろうし知ってもいないだろう。
「その意識に祝福を。天命に沿っていざ幽離せよ。神あるところに人の名は記される」
スッと片手で印を切る。
「その腕手に包まれ、癒やされ、祝われよ。我らが主は必ずや汝を想えば」
禁術の発動。
「偉大なる恵みよ」
祝福の聖言と共に学院長だった脳機能はこの世界から消失した。




