第140話:背信の魔窟04
結界を抜けるとアインはコロネとの手を離す。
「こっからは自由行動と言うことで」
それだけを言ってアインは学院に踏み入る。
黒い髪。
黒い瞳。
黒の学ラン。
アインは人の目を集めた。
なおその甘いマスクも美少年の証左だ。
「なんだかな」
がアインの感想だったが、別に尊貌に優劣があっても課税されるわけではないと自己納得して済ませる。
「それにしても」
とは鬼一。
「結界の中と外とで大分違うの」
「殺気は感じないな」
目が虚ろな学院生はいるが、然程珍しい物でもない。
国家共有魔術学院でもよく見る類の生徒だ。
そもそも魔術学院は、
「魔術を極めた末に自身を昇華する」
ための場所だ。
アインはまた別の思案があるが、それでも前提条件には存在する。
であれば明晰な魔術師にはケイオス派は唾棄すべき物でもある。
その辺は分かっていながら、
「よくやるよ」
がアインの感想だが。
「となれば問題は街の方か……」
「どちらかと云えばそうじゃろの」
無駄足ではない。
魔術の恩恵としては普遍的な証明だ。
魔術学院の空気が。
「となれば……」
しばし勘案するアインに、
「――ファイヤーボール――」
魔術が襲った。
「っ」
思考より早くアインは状況判断に適応する。
「アンチマテリアル」
あらゆる現象を相殺する鬼一の魔術。
ソによる魔術の無効化。
距離を詰める。
学院の生徒。
それに刀を突きつける。
「何のつもりだ?」
意味のない問い。
それはアインも分かっている。
が、ケイオス派の存在はむしろ絶望的だ。
「そこまで侵食されたか」
程度の憂いは必然。
そもそも論だが、
「魔族のけっぱりには舌を巻く」
も有り得る。
「ひ」
ケイオス派はポツリと言葉を零した。
「ひひひ……ひひひひひ……っ!」
感情図が正円を描かない。
歪んだ声だった。
ケイオス派の末期症状。
魔族に意識を乗っ取られた最終段階。
「お前もか」
アインとしても疲労の吐息。
毎度毎度の嘆息しか出来ない。
「とりあえず封印刑に処す」
その言葉と共にケイオス派はこの世界から消滅した。
禁術で消したわけではない。
そもケイオス派とて人間。
枢機卿のアインには殺人は禁忌である。
そのための封印刑は一種の手段と言える。
「コレが魔族なら」
と思わざるを得ない。
仮にそうなら適切に処理できるのだ。
「殺す」
そういう意味で。
「さてどうするか……」
嘆息もしょうがない。
「とりあえず学院長に話を聞くべきじゃな」
「面会できるかね?」
「無理を通せば道理が引っ込む」
「師匠の悪癖だ」
「じゃの」
否定しないあたりが鬼一らしい。
「こうなるとコロネが心配だが……」
「まぁ嬢ちゃんならどうにかするじゃろ」
審問官。
その異名は伊達ではない。
エクセキューソナー。
処刑人とも呼ばれる。
そがコロネだ。
アインは更に一つ上の代行師だが、
「異教および異端の弾圧」
における金看板は審問官にある。
魔術を否定し奇蹟を肯定する。
であれば、
「後は相対的な問題だ」
そんなアインに否やはなかった。
「じゃの」
鬼一も同意見。
「とりあえずは」
アインが嘆息。
「学院長か」
「じゃあなあ」
鬼一はケラケラ笑うのみだった。




