第133話:魔族が街にやってくる15
「昼が陽光で夜が月光って言うが、師匠曰く月光も元を辿れば陽光なんだろ?」
「じゃな」
「ということは結局明かりってのは太陽による物……と」
「じゃあなあ」
「月ねぇ……」
アインとしては地動説を理解しているが、こっちの世界は皮肉にも……あるいは唯物論として天動説だ。
要するに文明の準拠として星光があるため、
「星は天幕の飾り物」
というのも一つ。
相対性理論を引き合いに出すなら、
「地が動こうとも天が動こうと観測結果が同じなら帳尻が合う」
も事実の一側面。
とはいえそんなことを考察できるのは、
「鬼一あったれば」
だが。
宿に帰ろうと夜道を歩いていると、
「ほう。剣士か」
耳に声が響いた。
何処か無機的で固い。
一応存在そのものは師弟揃って感知していたが、特に干渉するつもりもなかった。
「声をかけられなければ」
そんな前提条件が付くのだが。
「どちら様?」
フードを被って顔を隠している見るからに怪しい人物。
「詐欺や暴力の徒なら集団で動くはずだが」
そんな予想。
「貴様は魔術が使えるか?」
「哀しいことにノーセンス」
「魔術を欲したくはないか?」
「場合による」
「私と契約して魔法少年にならんか?」
「魔族か」
他に無いだろう。
「生憎とケイオス派は敵対派閥な物で」
「選択権はないぞ」
「ほう?」
「契約するか。あるいは死ぬか」
「もしくはお前が滅ぼされるか……だな」
不敵を地で行くアインだった。
「では死ね」
魔族としてもケイオス派でない人間は殺害の対象だ。
基本的に人類否定がテーゼであるが故に。
「言いたいことはわからんじゃないがなぁ」
アイン自身は名目上一般人。
とはいえ夜道を歩いて魔族にぶつかるともなれば、犬も歩けばもいいところだ。
先の集落で魔族が出たことも含め、
「まさか」
「じゃの」
とは鬼一と共通観念だった。
ほとんど余裕で思考を走らせているところに魔族が襲いかかる。
衝撃が魔族の側面を襲った。
「っ?」
弾き飛ばされる魔族だったが嘆息したいのはアインの方だ。
「硬いな……。無機物系か」
京八流の抜手の一つ……再抜。
一応奥義なのだが魔族の硬度を無力化する切れ味ではなかったらしい。
元より剣術は人体を切るための技術であるため、別段アインの技量が劣っているわけでもないが。
「零抜ならいけるかね?」
「面倒じゃろう」
「だぁな」
そんな思念でのやりとりの後、
「前鬼戦斧」
アインは禁術を行使した。
現象が引き算されて物理現象を変質させうる。
結果起こったのは細い面積への超気圧のソレ。
風の斬撃だ。
前鬼戦斧。
修験道は開祖の役行者。
その使役する鬼神の斧に例えた現象。
容易く魔族を両断し、存在を滅却する。
「しかしの」
鞘に収められている鬼一が言う。
「出現率がありえんじゃろ」
それはアインも思うところ。
国単位で魔族が蔓延るともなれば中々どうして深刻にならざるを得ない。
「とはいえどうしたものか……」
アインとしてはあまり派手には動きたくないのも事実。
「さて」
と言って一歩後ろに下がる。
空から釘が降ってきた。
さっきまでアインが立っていた座標だ。
どれほどの威力か。
タイルの街路を貫いている。
「一難去ってまた一難」
とは思念でのアインの言葉だが、
「今更じゃの」
鬼一の方は完全に他人事だった。
さらに釘が降ってくる。
するすると躱す。
威力としてはネイルガンにも劣らない。
破壊力だけは抜群で、その上不条理でもある。
そしてその根幹をアインは知っていた。
「審問官」
「然りです。魔族に祝福されし者」
礼服を着た審問官が夜の空から降ってきた。
瞳には殺意と正義を。
髪は月光を反射する。
「で、なんで襲われるんだ?」
世界は不条理に出来ている。




