第129話:魔族が街にやってくる11
「やることは山積していても予定は常に一定の労力でしか動かない」
とはアインの自嘲だったが普遍的な事実でもある。
「その山積している事情の何から片付けるか?」
が個人レベルでの相違に繋がるが、ことアインは荷として負った肩書きとは非常に幽離している珍しい例でもある。
「要するに破戒僧じゃな」
との鬼一の批評にアインはとりあえず立て掛けられていた当人を蹴り倒すことで良しとした。
「暴力反対」
「じゃかあしい」
毎度のやりとり。
身体を高揚させアドレナリンを分泌。
精神的にも肉体的にも覚醒する。
月明かりと街灯が闇の中でアインを救っているが、その当のご本人はと言うと黒髪黒眼に黒衣礼服というあまりに重たい色だった。
腰に差した鬼一と思念で問答しながらギルド兼酒場と睨んでいる建物に入る。
時間が時間で人間が人間だ。
アインはちょっと視線を集めた。
気にするアインでないのは承知の通り。
酒場のカウンター席に座って、
「チョコレート」
と子どもらしい注文をする。
酒場の店員は特に思うところもなくチョコレートをくれた。
ソレを飲みながら酒場の主人らしいグラスを磨いている老齢の人物に声をかける。
「少し良いか?」
「酒はお出ししませんよ」
「望んでない」
チョコレートを一口。
「とりあえず」
とテーブル席に座ってアインを見やっている傭兵四人を指し示す。
「あいつらにボトルを」
金銭を渡して施す。
「何か知りたいことでも?」
「いや、この国が少し物騒な空気だなと」
「その通りですが」
「知ってる限りを教えてくれんか?」
「風聞で宜しいので?」
「判断はこっちでする」
「では」
と店主は口を開いた。
「どうにも戦争の起こりを想定しているようですな」
「何処に攻め込むか……は聞いてるか?」
「ノース神国」
「他国が黙っていないだろう?」
「あくまで風聞ですが」
と前提を念押しして、
「隣国を圧倒的な武力で牽制しているそうで」
「それを詳しく」
「魔法騎士団。そう呼ばれる部隊が各方面で戦果を上げているとのこと」
「チョコレートをもう一杯」
「ありがとうございます」
簡素に出して問答が続く。
「魔道騎士団って云ったらアレだろ? 帝国最強の懐刀……」
「そちらは魔道騎士団ですな」
「ん?」
「先に私が言ったのは魔法騎士団。名は似ていますがこの場合別個に捉えた方が良いでしょう」
「魔法騎士団?」
「はい」
「名前からして胡散臭いが……」
「即席の急造部隊らしいです」
「…………」
「が、何でも雇った傭兵や騎士候補生に魔術を学ばせて、威力を高め、結果としてぺんぺん草も残らない戦力だとか……」
「国の方針か?」
「そこまでは。私は単なる風聞きですので」
「魔法騎士団ね……」
チョコレートを飲む。
「どう思う師匠?」
無論思念での会話だ。
「矛盾してるの」
「だなぁ」
二人とも店主が嘘をついているとは思っていないが、それでもある種の常識性に於いて首を傾げざるも得ない。
魔法騎士団。
魔道騎士団ならまだ分かる。
貴族の血統であり、なお武術を修めた超武闘派集団。
ちなみにアインは人のことを言えない。
が、その能力は希少だ。
断じて安易に量産できる類のステータスではない。
「そもそも論じゃのう」
「軽やかに言うなぁ」
チョコレートを飲む。
「もしかして事態は切迫してるのか?」
そんな不穏も抱えざるを得ない。
神の祝福を受けている身ではあるため、
「自分がどうの」
とは憂いていないが、
「ガギア帝が何考えてんだか」
は真実の発端だ。
「軍隊運用に於ける魔術の有用性」
それは魔術師ではないにしてもアインは誰より痛感している。
状況と作戦にもよるが、上手く立ち回れば軍隊が個人に敗れることもある。
魔術を手段として用いる魔術師は相応の戦力だ。
これは別にガギア帝の思惑だけではない。
この世界に於ける通念。
概ねアインもここに分類される。
それはともあれ。
「何だかなぁ」
チョコレートを飲んで思考を進めるアインと鬼一だった。




