第128話:魔族が街にやってくる10
「それではここまで護衛ありがとうございました」
商人が報酬を支払って破顔した。
アインとしても足として利用できたため、ウィンウィンの関係ではある。
ガギア帝国の魔術学院。
さすがに神王皇帝四ヶ国が出資した国家共有魔術学院ほど壮大ではないが、それでも学園都市としては賑わっている。
市場で買ったリンゴを囓りながらアインは今日の宿を探す。
別段高級な宿は必要としないが、蓄えはある。
枢機卿の紋所が使えれば諸手を挙げて歓迎されるだろうが、アイスの仮面を使うのは悪手に相違ない。
黒髪黒眼に黒衣礼服。
全体的に黒い。
その上で和刀を腰に差しているため、
「何者なるや?」
程度の視線は受けるがあんまり気にしてもいない。
ツカツカと路地を歩く。
「どうする気じゃ」
「まぁ情報収集だな」
「宿を探しているように見えるんじゃが」
「昼間から酒を飲む輩もそんなにいないだろうし」
「酔っ払いから話を聞く……と」
「だぁな」
そういうことだった。
風聞にしろ事実にしろ、
「情報が集まるのはギルドの常」
というわけだ。
魔術学院がある手前、学院街も賑やかで、
「これならギルドの酒場も盛っているだろ」
との計算。
世界共通の普遍的事実だ。
「なお軍備増強もあるしの」
そんな鬼一の言。
訳するなら、
「冒険者や傭兵にとっても稼ぎ時」
と云った具合。
「良い感じにラリってるな」
アインの批評も辛辣だ。
リンゴを囓る。
「学院としても心穏やかではないじゃろな」
「まぁ魔術の平和利用は中々……」
「じゃの」
嘆息。
少なくともこの世界での魔術は攻撃性が表に出る。
責められる立場にはアインもないが。
それから街の警備兵にお勧めの宿を紹介して貰って部屋を一室取る。
食事は満足がいき、なお風呂まであった。
剣術修行の汗を風呂で洗い流して、禁術の修練に励む。
空間の推移を見られる人材は希少だが全く居ないわけでもない。
そうであるため禁術の修練は人目のない場所に限定される。
「…………」
スッと指を振ると、その延長線状で炎が推移する。
形を変えて炎の猛獣と化す。
外に炎光が漏れることはない。
それすらも封じるのが禁術だ。
炎を操り終えると、次は水。
そして風。
電磁力。
斥力。
分子間力。
あらゆる干渉を執り行う。
尤も引き算有りきではあるが。
練達した手際は鬼一をして、
「蒼穹の高み」
と評されるが、
「師匠に言われても」
アインはお得意の嘆息をするだけだ。
アンチマテリアル。
人外の感知能力。
「アインの自主性を重んじる」
という名目であまり力を貸さない鬼一だ。
「本気で暴れたらどうなるか?」
和刀……鬼一法眼の底はアインでさえ計れない。
不肖の弟子としては、
「口の減らないインテリジェンスソード」
と定義してはいても。
「師匠の魔術で世界平和には出来ないのか」
「無理じゃの」
これは謙遜の類ではあるが、同時に人類の因業悪の象徴でもある。
「魔術がそこまで便利なら魔族なんぞは有り得んじゃろ」
「まぁな」
そこにアインも異論は無い。
代行師としての経験が人間の醜さに相対することと比例するのだ。
苦い思いはアインにもある。
「全員が全員レイヴの能力を持てば別じゃろが」
スタートゲイザー。
和平にして不敗。
ノース神国の繁栄の象徴。
対抗手段がちょっと思いつかない無敵の概念。
アインは禁術を振るう。
「その結果がコレなら盛大な皮肉だなぁ」
「間違ってはおらんじゃろ」
「師匠には他人事だろうが」
「然りじゃな」
呵々大笑する鬼一。
ベッドに立て掛けていた鬼一を蹴り倒す。
「暴力反対」
「じゃかあしい」
切って捨てるアイン。
結局いつものやりとりだった。




