第124話:魔族が街にやってくる06
集落から集落への林道。
「狙われておるの」
唐突に鬼一が思念で警告した。
ほとんど阿吽の呼吸だ。
「すまん」
と断ってアインは商人に馬車を止めさせた。
「ていうか何処で感知しているのか?」
世界の不思議の一つ。
ある種の不自然から発する虫の報せ……要するにシックスセンスはアインも鬼一に叩き込まれているが、こと警戒の範囲と結界の張り方はどうしても鬼一に後れを取る。
自身の体に立て掛けていた和刀……鬼一を抜いて、
「どんな神経をしてるのやら」
嘆息する。
レイヴをして、
「人間を止めている」
と言わしめるアインが、
「常識の埒外」
と認識する師。
いくらインテリジェンスソードとはいえ質料自体は金属のはずだ。
元より魔術にその手の不条理はありもするが、
「それにしても限度がある」
と凄まじい棚上げで尊師を皮肉るアインである。
「軍警察の管轄下じゃ無いのか?」
「距離的にはギリギリ外じゃな」
だからこそ商人の護衛がクエストになるのだが。
「何はともあれ」
とはアイン。
僥倖ではある。
意識がスイッチすればアインもある種の策動は透けてみることが出来る。
これは先述したようにアインが鈍いのではなく鬼一が病気なだけ。
そのまま進めば山賊の戦力に囲まれていたところだ。
鬼一の忠告で先手を取り馬車を止められたのだから一種のアドバンテージではあろう。
「賊ですか?」
「です」
不安がる商人に端的な肯定。
もちろん世話になっている手前、馬車の護衛は最優先だが商人の精神安定までは報酬の領域にはないのも事実。
「どうするんですか?」
「叩きのめす」
不器用な対応ではあるが他の手段をアインは知らない。
抜いている真剣の背で肩を叩きながらアインは魔術を行使した。
精霊石から魔力を一部取りだし物理法則を崩壊させる。
それは大気に伸縮を与え、広範囲に広がる。
「隠れてないで出てこい。それとも樹々ごと燃え尽きるか?」
大声……ではあろう。
アインは特別肺を苦しめてはいないが。
音とは縦波で、圧縮と伸張を繰り返して周囲に拡散される。
風魔術の応用で声を広範囲に届ける魔術の行使だ。
こういう小器用さは鬼一の指導だ。
なお山賊に、
「自分が魔術を使える」
というアピールと、言葉にしたように、
「樹々に隠れているつもりなら丸ごと焼き払う」
という可能性の示唆による言外の交渉術を執り行った結果と言える。
優男の範疇に属するアインであるから剣を握っても説得力が無い。
そういう意味では魔術師としての立場の方が有益に働く。
馬車の前方で三歩先。
待機していた山賊と商人の馬車とを隔てる位置で山賊を迎え撃つ。
「四人であってるか?」
「じゃの」
思念で鬼一と会話して、道に現われた三人の山賊を見据える。
単純に引き算の問題で一人足りないが、その程度の策略は山賊の方も持つだろう。
「御用向きは?」
「死んでくれ」
鉈と斧を持った山賊がニヤニヤ笑っていると、側面から熱塊がアインを襲った。
「…………」
スッと一歩……前に出る。
アインの背中を熱で炙って樹々に命中。
炸裂する。
「安直な」
とは鬼一で、
「こう云うときは教養の大事さを知るよな」
とはアインの応答だった。
魔術。
人類が使う神秘の技術を指す。
世界が世界であるため概ねに於いて殺傷手段に良く用いられる。
特に大量破壊の手段ともなれば国家に於ける切り札にも相当し、立身出世も思いのまま。
が、この世界で魔術を使えるのは限られた人間だけだ。
貴族の血統。
ファーストワン。
ケイオス派。
後は諸々の例外があるが、限りなく少数派であるため此処では議論しない。
内、前者二つは真っ当な手段での獲得を為しているため山賊に堕ちることはまず有り得ない。
別に犯罪に走らなくとも希少な人材として国家や学院が優遇してくれる。
魔術の技術を誉れとして貴族と呼ばれているのだから、
「零落れる」
という言葉と縁が無い。
以下略。
「ケイオス派ね」
それだけ。
絶叫が響いた。
姿を現わしている山賊三人がギョッとする。
伏していた四人目の悲鳴を聞けば、それはまぁ動揺するだろう。
闘争という場に於ける精神の散逸は悪手だ。
なおアインの剣は無空の高みに届く。
目に見える範囲は地平線でも無い限りアインの間合いだ。
縮地。
山賊は無力化された。




