第119話:魔族が街にやってくる01
「なんだかなぁ」
馬車に乗ってパッカラパッカラ。
アインは安穏と蒼天を見上げた。
いつも通りの黒衣礼服で、体に鬼一を立て掛けている。
今回は珍しくアイスではなくアインで聖務に従事する羽目になった。
何と言っても間諜だ。
そのものズバリでは無く、あくまで、
「例えれば」
ではあるが。
ガギア帝国の聖地侵略。
その是非を問うため。
アインはともあれアイスの方は顔を知られすぎている。
剣聖枢機卿と呼ばれているのだ。
そんな奴がガギア帝国を訪問すれば軍事的緊張が高まるだけで誰も得をしない。
アインであれば、
「単なる普遍的な少年」
で済む話だ。
一応枢機卿ではあるが、知っているのは数えられる程度。
一般的に国家共有魔術学院の生徒という立場。
禁術を(少なくとも公に)使えないのも痛手だが、
「場合によりけりじゃな」
と鬼一は楽観論だった。
「世の中上手く回らんな」
「レイヴにとっては消化事項じゃろうが」
思念で会話する師弟。
馬車は進む。
実父のクインは当たり前。
リリィも知らない。
義父と義母にも心労となるため伝えていない。
突発的にガギア帝国を訪ねることを……だ。
アインを枢機卿だと知っている一人……審問官でありアインの補佐を務めるライトも今回に限っては留守を任されている。
「帝国を刺激する」
というより、
「アインの足を引っ張る」
という感じで。
帝国に対して間諜を放つのは受け手側のノース神国にとって当然だが、アインの情報が漏れることは万に一つも避けるべき。
とはいえ何もしていないわけではない。
アインの外国訪問にあわせて、当人とは無関係に何人かの審問官をあからさまに帝国へと放っている。
もちろん帝国にしてみれば面白くなかろうが、審問官は国境を越えて威力を持つため拒絶することは出来ず、あからさまな牽制役となる。
審問官でないアインは商人の馬車に乗ってガギア帝国を目指し、普遍的な旅行者を装える。
国境は厳戒態勢だが、審問官の存在がアインの帳となるわけだ。
「結果には原因がある」
とはいうものの、
「ガギア帝国を滅ぼせば良いのか?」
と首を傾げるアイン。
それは鬼一と共通する思念だ。
「どう思う師匠?」
「とりあえずわかっているのは……」
さすがの鬼一も歯切れが悪い。
「少なくともきさん一人で片付けられる案件ではあるという事じゃろうの」
「それはそうだが……」
レイヴの能力如何は信頼に足る。
が、その結果を出力するために良いように使われるというのもアインお得意の嘆息を誘う事案だ。
「なんとはなれば頭を潰すくらいは覚悟じゃな」
「アイスじゃないから国際法が適応されるぞ」
「その辺の塩梅は任せい」
鬼一にしては珍しい肯定的な言葉だが、
「…………」
心労の快癒とは行かない。
要するに、
「場合によってはアイスに成り代わる」
という懸念だ。
それはまぁ嘆息もする。
馬車が走る。
「とりあえず魔術学院じゃな」
鬼一が言う。
目的はガギア帝国に於ける暴走の根幹を把握することだが、馬鹿正直には口に出来ないものでもある。
であるためアインは、
「魔術の徒としてガギア帝国の魔術学院を目指す一介の生徒」
という肩書きを自身に課していた。
言い訳。
あるいは方便。
観光旅行とも言えるが、
「どうしてこうなった」
との思念も並列する。
「というか魔術使えんじゃろ」
至極真っ当な鬼一の言。
さもあらん。
アインは魔術の才能が無い。
精霊石のネックレスは付けているが、魔力の補填方法に難があった。
元より教皇直々の隠密任務。
リリィも……そして補佐のライトも……それぞれ頼れない案件。
禁術は過不足無く使えるが、
「魔術学院を目指すに当たって」
との憂慮も存在する。
「その辺は師匠に期待」
サクリと言ってのける。
「まぁの」
鬼一としても愛弟子のフォローは因業の内なのだろう。
インテリジェンスソード。
であれば意思を持ち、イメージを持つ。
そこが魔術の発端であれば何も不条理ではないのだから。




