第113話:休むも何も何時もと変わらず09
「おお、アイン。久しぶりじゃの」
「あらアイン。ソレに鬼の字さんも」
クインの領地の隅っこ。
田舎も田舎の片田舎。
アインにとっての義父と義母が相も変わらず安穏と出迎えてくれた。
クイン家の傍系ではあるが、魔術の素養は無く、子どももいない老夫婦だ。
アインにとっては育ての親で、その家は心のオアシスだ。
「ただいま帰りました。義父さん。義母さん」
「実家はどうじゃった? 狭い思いをしているならわしから言ってやるぞ?」
義父の心のこもった応援と、
「本当に遠慮は要らないからね?」
義母の心を砕いた優しさが身に染みる。
「色々と何とかやっていますよ」
アインとしても疲労はするが、愛する親の前では嘆息をつかない。
「とりあえずお土産です」
と風呂敷を広げる。
金銀財宝が現われた。
「これは実家から?」
「まさか」
「じゃの」
アインと鬼一の苦笑。
「こっちに来る途中で優しい人に出会いまして」
山賊のことだ。
「溜め込んだ財宝を譲渡してくれたんです」
攻撃的交渉の末にだが。
ちなみにアインを乗せた馬車と御者は仕事を終えて来た道をなぞっている。
育ての親である義父と義母に甘えるに当たり、他者の目を介在させないのはアインの少年らしさの一端だ。
「あらこんなに」
義母は困っていた。
元より金銭欲に乏しい身だ。
片田舎の領地を管理はしていても、あくまで形式上。
畑も耕すし酪農も営む。
村全体で一個の集団と言えた。
「まぁ皆さんと分け合ってください」
「んじゃんじゃ」
アインと鬼一は心付け程度の気持ちだが、此度のソレは中々のものだった。
「アインはほんに」
麦酒を飲みながら義父が苦笑。
「何時も何処から持ってくるのか?」
「行き掛けの駄賃程度ですけどね」
アインは肩をすくめる。
これが初めてというわけでもない。
アインがこちらで暮らしていた頃はちょくちょく家を空けては貴重な品を持って帰ってくること過多だったのだ。
おかげで村としても潤っていたのだが、老夫婦にしてみれば困惑も一入だろう。
「さほど特別なこともしてないんですけどねぇ」
ぼんやり答えるアイン。
「鬼の字もか?」
「じゃの」
呼吸するように嘘を吐く。
既に老夫婦には鬼一の気質は割れている。
別にソレで不利益になりようも無いため、老夫婦にとっては敬うべき存在だ。
アインが、
「師匠」
と鬼一を呼ぶため、老夫婦にとっても鬼一は、
「息子の恩人」
という捉え方をしている。
「結局本家の事情は何じゃったんじゃ?」
麦酒を飲みながら義父が問う。
「家督を継いでくれ……と」
「む?」
ポカンとする。
老夫婦も事情程度は知っている。
「アインは魔術を使えない」
そうであるから本家を追い出され老夫婦に押し付けられたのだが。
老夫婦にしてみれば愛息子も同然だが、
「本家の厄介払い」
という懐の矮小さも思い知ってはいる。
であれば、
「アインがクイン家の家督を相続する」
ということは寝耳に水だろう。
晴れの日に雷が落ちるようなモノである。
「本気か?」
「色々と苦労はしています」
「しかしお前さんは魔術を使えんじゃろ?」
「師匠がいますから」
「鬼の字か」
「じゃの」
カラカラと鬼一は笑う。
魔術の補助という意味では鬼一の存在はそれなりに大きい。
後はリリィの後押しだが、
「なんとかやってはいますよ」
とりあえずはそれだけ。
「アインがのう……」
グビリと麦酒を飲む義父。
「虐められたりとかはないか?」
「本家としても疎ましいのは事実でしょうけどね」
というかどちらかといえば疎ましく思っているのはアインの方ではある。
ぶっちゃけるならアインの立場は、
「愚兄の尻ぬぐい」
の一点に尽きる。
「何で俺が」
とはそれは思う。
必然だ。
「けどリリィの家族がな」
そうも思わざるを得ない。
一種の人質だ。
当該者にその自覚は無いとしても。




