第112話:休むも何も何時もと変わらず08
馬車が進む。
ノース神国のクイン領……とはいえネットワークも無い世代では警察力も痒いところには手が届かない。
「五人じゃの」
サクリと鬼一は言った。
「まったく師匠は」
何処まで行っても鬼一の能力はアインを上回る。
「目も耳も無いのにどうやって周囲を知覚してるんだ?」
「特別なことでもないんじゃがのう」
これは謙遜ではない。
卑下でもないが。
意思持つ器物。
インテリジェンスソード。
真面目に因果を考察する方が負けだ。
そも脳も無いのに思考が回っている時点で、
「どうかしている」
の典型だ。
「仕方ない」
アインは止まった馬車の周囲に障壁を張って身を守る。
無論、閉じこもって泣き寝入りなどをする柄でもない。
黒衣礼服の腰に鬼一を差して馬車から出る。
馬車を囲んでいる山賊五人。
内三人が正面で道を塞いでいた。
「アイン様……」
御者が震えている。
本来なら貴族の馬車には護衛が付いてくるモノだ。
御者もそこそこ戦えはする。
が、そも護衛など足並み揃えられないモノ。
アインにとっては有害無益と言っていい。
「馬を御していてください」
サラリと言って障壁から外に出る。
「ほう」
山賊がだらしない笑みを浮かべた。
貴族の息子とも為れば商売の種だ。
その上で少々特殊な趣味をお持ちらしい。
「人質として可愛がってやろう」
「…………」
あまり楽しい未来予想図でも無い。
アインも自分の尊貌が甘いことくらいは承知しているが、時折そんな視線も受ける。
別に山賊野盗に限った話でもないのだ。
学院でも、
「好きです」
と頭を違えた輩はいた。
女子が主だったモノだが男子が少数含まれてはいる。
「なんだかなぁ」
がアインの本音で、
「かかっ!」
大笑するのが鬼一の反応。
「大人しくするなら――」
山賊の一人はアインを見て会話を積み上げようとした。
貴族のボンボン。
イコールで魔術師との計算もあるが、
「一対五で反抗もしないだろう」
との概算もしている。
剣が二人。
斧が一人。
弓が二人。
特に最後者が説得力を持つ。
あくまで普遍的な話にはなるが、
「魔術師は魔術行使に儀式を必要とする」
そんな通念が存在する。
控えめに言っても魔術師の戦力は常識の埒外だが、即決力で言えば距離と精度の如何があれど射程内に入ると弓矢が利する。
ダラダラ呪文を唱えている間に引き絞った弓が矢を放って死傷させる。
死なずともコンセントレーションが破られ、イメージの瓦解を促す。
血を流しながらトランス状態を維持できる魔術師は数えるほどしかいないのだ。
なお血筋によって魔術の才能は決まるため、戦場に於いて一般人の魔術対策もそれなりに解答はある。
運用次第で一個師団に匹敵する魔術師でも、
「陰から弓矢で射られて死亡」
そんな話は希にある。
故に魔術師はその運用に於いて優秀な護衛を付けて慎重に扱われるが、今回に限ってはアインに護衛はいない。
その点を鑑みて、山賊による戦力の計算違いは致し方ないが、
「はいそうですか」
と可愛い性格のアインでも無い。
閑話休題。
圧倒的有利な状況(と思い込んでいる)山賊の頭目の双眸が切り裂かれた。
ピッと。
反応したのはアイン。
神速で行動する。
居合いで抜き放たれた和刀……鬼一はさらに二人の山賊の目を潰す。
「あ――」
残った山賊が何を言いたかったのか。
それはアインの知ったことではなかった。
残った二人の山賊が矢を射るより早く間合いを潰している。
特に禁術を使う必要も無い。
練られていない山賊の集団なぞ何ほどでもないのだ。
まだ訓練された審問官の三位一体の方が強い。
それも圧倒的に。
弱者しか相手にしない山賊ではアインとしても役不足だろう。
「まぁ土産程度にはなるな」
「治安維持もじゃの」
一人と一本の会話は外道にして悪辣を極める。
剣だけで魔族と戦いうる特級戦力に喧嘩を売った山賊の方こそ良い面の皮だろう。
自業自得。
あるいは自分の足を自分で射貫く。
一応自身の家の領地であるため治安維持も貴族の大事な仕事とは言えるのだが。




