第109話:休むも何も何時もと変わらず05
「アイン様は剛毅にございます」
一通り剣術の鍛錬を積んだ後のこと。
リリィと一緒に風呂に入っていた。
情欲と義務。
並列したアンビバレンツがリリィの思うところである。
それについては割愛。
「ご当主様の意見を聞いてくださっても」
「代わりにお前が聞いてくれ」
一応リリィとて愛人ではあれどクイン家の発言力の下地ではある。
「こっちとしてはいい迷惑だ」
然もありなん。
ちなみに堂々と剣術の修行をしたためクインの不興を買った次第だ。
曰く、
「そんなことをするなら魔術の研鑽を積め」
とのこと。
尤もだがアインは魔術を使えない。
一応魔術師としての評価は一定の地歩を築いているが、
「禁術の勘が鈍る」
と疎ましいのが事実だ。
国家共有魔術学院で学ぶのは魔術と教養。
魔術は心得程度で教養に至っては鬼一のせいで遥かに突き抜けている。
成績優良者も当たり前だ。
ピチョンと湯面が跳ねる。
「さて、どうしたものやら」
心中の声。
「クインを殺して家督を奪えば良かろう」
「殺人禁止だ」
思念で答えた鬼一の言にゲッシュで否定する。
聖地の枢機卿としては悪に荷担できない。
何を以て悪とするかは単純にして明瞭だが、そこに殺人は該当する。
相手が魔族であれば禁術の基礎である、
「対消滅」
でどうにでもなるが、面倒なことに人間を相手取れば殺さず無力化する過程が求められるのだ。
猊下と呼ばれて数年経つが、中々難儀な背景だった。
「嬢ちゃん」
「何でしょう?」
鬼一は思念チャットにリリィを参加させた。
「きさんはアインの正室になれなくて良いのか?」
「畏れ多いのですけど……」
然程かね。
心中の奥の奥で呟く。
「宮廷魔術師になるには……」
とりあえず適正値が必要だ。
ぶっちゃけると年齢。
中々先は長い。
焦って時が加速するなら幾らでもするが。
「鬼一様も魔術をお使いになられるのですよね?」
「然りじゃな」
実際に魔術を使えないアインが重宝しているわけだ。
アンチマテリアル。
現象否定とでもいうのか。
刀で斬った現象を沈静化させる。
そこに京八流が混ざれば鬼に金棒だ。
「鬼一様さえ望めば多種多様な魔術を使えるのでは?」
「ま、可能じゃな」
「では……」
何故そうしないのか?
必然の問いに、
「面倒」
二文字で終わらせる。
「それに此奴に魔術はいらんでな」
「え?」
「師匠?」
「失敬」
掣肘するアインに嘯くような鬼一。
「それより嬢ちゃんは処女かや」
「あう……」
話題逸らしには適性だがセクハラでもある。
「経験は……無いです……」
「さよか」
「アイン様」
「面倒」
似たもの師弟だった。
「男色ではありませんよね?」
「不名誉だ」
ほとんど侮辱の域に達している。
「ま、気楽かつ横柄に構えてろ」
濡れた金髪をクシャクシャ撫でる。
碧眼が喜悦に細められる。
それはそれで嬉しいらしい。
「アイン様はお優しいですね」
「そかね?」
当人に自覚は無い。
傍に人無きが若し。
基本的に自己評価であまり人間力に自信は無かった。
元より、
「面倒があるなら消滅させる」
が根幹だ。
無理を通せば道理が引っ込む。
そういう生き方をしてきた。
「アインにとっては痛烈な皮肉じゃな」
「その様なつもりでは……っ」
「気にすんな。師匠はからかっているだけだ」
「そうなのですか?」
「そういうところは愛らしいの」
失笑する鬼一だった。
「むぅ……です」
思うところがあるのだろう。
ピチョンと湯面が跳ねた。




