第106話:休むも何も何時もと変わらず02
国家共有魔術学院が休暇に入ってアインとリリィはノース神国の神都……そに建つクイン屋敷へと帰っていた。
馬車だ。
魔術師としての立場で考えるなら学院で研究に没頭する方が効率的で、その様に生徒も振る舞うが、
「めんどい」
の一言でアインは切って捨てる。
そんなわけでパカラパカラと商人の馬車に乗せて貰ってゆったり帰路についていた。
金銭面に不足はない。
一応護衛も兼ねてはいるが、鬼一を肩にかけて寝こけているアインだった。
「鬼一様」
とリリィ。
「どしたい嬢ちゃん?」
「アイン様は前からこんな感じで?」
何事にも無気力。
なのに何処か体に一本の芯が通っている。
何をどうすればそんな境地に至れるのか?
リリィの疑問も尤もだ。
「ま、これで苦労人なんじゃよ」
鬼一は苦笑交じりの言葉で答えた。
アインと鬼一が出会って十年。
禁術の業故か。
はたまた生来の気質か。
あらゆる苦難を受けてきたのは鬼一の存分に知るところだ。
それらは鬼一の口から語っていいことでもないため、
「こんな奴で良ければこれからも支えてやってくれぃ」
それだけを言った。
「はい」
頷くリリィ。
「私はアイン様の愛人ですから」
そういう問題でもないのだが。
そこで、
「…………」
スッとアインが目を覚ます。
欠伸もしなければ目を擦りもしない。
一瞬で睡眠から万全の覚醒へ意識を誘導した。
「申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」
「いや……」
簡潔に言う。
「血の臭いがする」
「じゃな」
アインは当然。
鬼一も察している。
「?」
首を傾げるリリィに、
「野盗の類だ」
アインが端的に語る。
治安維持は都市部に於いては行き届くが、少し離れるとアウトローの楽園となる。
「何人だ?」
「五人じゃな」
「えと……戦うんですか?」
「有り体に言えば」
サックリ。
「私が結界を張りましょうか?」
「御願いする」
やはりサックリと。
「――パワーバリア――」
万能の特性。
ファーストワンの実力を証明するような即席にして強力な結界が馬車を包んだ。
なお相対固定。
「ひっ!」
遅れて御者の商人が悲鳴を上げる。
野盗の類に囲われれば宜なるかな。
「リリィは結界を維持しててくれ」
アインはスラッと和刀……鬼一法眼を抜いた。
「久方ぶりに血が飲めるの」
笑えない冗談だが、事実でもある。
「あの」
とリリィ。
「迎撃するにも結界の一部解除はさすがに……」
「気にせず結界を維持しててくれ」
特に何がどうのでもない。
行き来できないはずの結界をサラッとアインはすり抜けた。
「っ?」
自身の結界を無力化されたことに困惑するリリィだったが、その根幹についてまでは覚れない。
単純に禁術で一部を消失させただけなのだが。
「よう。学院の生徒って事は貴族の出だろ? 金と女さえ置いていけば見逃してやらんでもないぞ?」
テンプレートのような野盗の脅しに、アインは斬撃で答えた。
野盗の双眸を切り裂いて失明させる。
悲鳴が上がり、緊張が場を支配する。
残りの野盗が襲ってくるも、剣術の果てには届かない。
目を斬られ、腱を斬られる。
行動不能になった野盗たちに何らの感情も持たず結界をすり抜けて馬車へと。
商人が感謝の言葉をかけて馬に鞭打つ。
安穏と馬車は野道を進むのだった。
「アイン様は優しいですね」
リリィだ。
「何が?」
「野盗さんたちを殺さず無力化するんですもの」
「ま、色々ありまして」
ぶっきらぼうにアインは言った。
唯一神教に於ける猊下と呼ばれる身。
教義に則って殺人は厳禁だ。
破ろうにもレイヴの魔術があるためどうしようもない。
禍根や遺恨を現わさないという意味では悪いことばかりでもないが。
そんなこんなで馬車は進む。




