第105話:休むも何も何時もと変わらず01
「だる……」
アインは夏の暑さにまいっていた。
今日は国家共有魔術学院の前期終業式。
基本的に魔術を学ぶ機関ではあるが、教養についても並列して講義が行なわれ、ちょっと前に紙面試験も行なわれた。
アインの知識は鬼一という異世界の指導のせいで文明を飛び越えた明晰さを抱えている。
結果、学院始まっての鬼才と称される成績を残した。
瞠目した教師陣は自身の持つ研究室にアインを勧誘したがけんもほろろ。
可不可の議論はこの際置いておくとしても、アインが目指すべきはノース神国の宮廷魔術師だ。
別段クインの家がどうなろうと知ったことではないが、リリィとその親族について心を砕けば必然的に建前に負かされる。
で、その終業式をボイコットしてアインは学生寮でダラダラしていた。
リリィはニコニコお世話している。
キンと冷えた水出し紅茶を飲んで体温を下げる。
終業式では成績優良者を壇上に立たせて賞状を贈るのだが、
「面倒くさい」
の一言でアインはサボるのだった。
「せっかく褒めてくださるのですから……」
とはリリィの言葉だが、
「勉強できることを祝われてもなぁ」
万事そんな感じ。
「基本的に師匠から勉学は習ったからそれ以上はないしな」
「じゃの」
ソファに立てかけられた和刀が答えた。
鞘に収まった片刃の剣。
一般的に声帯も口も持っていないが空気を振るわせて喋る。
インテリジェンスソード。
訳するところの意思持つ剣。
その名を鬼一法眼と呼ばれる基準世界の神秘存在。
色々と暇潰しを旨として無茶苦茶やるタイプだが、この世界では和刀……インテリジェンスソードとしてアインを指導している。
師弟関係にはある。
アインとしても剣術ならびに禁術の師でもある。
が、あまり尊敬はされていなかった。
仙人のような達観と俗人のような無遠慮を並列させており、アインのトラブル体質を楽しんでいる節もある。
アインの師と為って十年以上の関係だが、アインとの共有の過去は当人に形而上的疲労を覚えさせる。
「この姿だと酒が呑めんのがなぁ」
とは鬼一の言だが、
「そも何故にインテリジェンスソード?」
との問いには口を閉ざしたり黙ったり。
「それにしても暑い」
とはアインの言で、
「なれば冷やせば良かろう」
と身も蓋もない鬼一。
魔術学院。
魔術師が集まる学舎であるが、別に魔術は万能の力ではない。
強力なイメージを媒介として現象を出力する。
なおイメージに於いて画一的であれば、
「三流魔術師」
の烙印を押されるのも事実。
「であれば禁術で」
思念言語……テレパシーで鬼一はアインに言った。
人目はあるがリリィは空間を見ること能わず。
珍しくもなくなった嘆息。
「――冷却――」
禁術を用いて部屋の温度を下げる。
魔術とは別個のアプローチだ。
魔術学園に通う必然、二足のわらじではあるのだが、アインの本質は魔術ではなく禁術に依存する。
禁術。
魔術と対を為す技術のことだが、あまりに希少であるため一般的には文明をして覚っていない。
知っているのは魔術の最奥に辿り着いた賢者や一部のトップカテゴリーだけ。
ここに唯一神教の教皇レイヴも含まれる。
世界の一部を増築することで現象を引き出す魔術に対して、世界の一部を研削することで現象を引き出す。
世界そのものを削って生みだすため、一種の世界の破滅に貢献し、それ故に、
「禁じられた術」
略して、
「禁術」
と呼ばれる。
レイヴには把握されているため、アインとしては、
「弱みを握られている」
という立場だ。
別段逆らってもいいのだが、レイヴの魔術特性を鑑みて、
「敵対する方に旨みがない」
ということで手足のようにこき使われている。
嘆息。
気温を下げた部屋で涼やかに紅茶を飲む。
「あれ?」
とリリィ。
「アイン様の魔術特性は風では……」
そもそも禁術の素養を持つアインは結果として魔術に関してノーセンスだ。
精霊石にリリィの魔力を封入し、それを引き出すことで魔術師だと偽っているにすぎない。
背景についてリリィには語っていないので困惑も当然だが、
「南無三」
特に講義する必要も感じない。
「言ってくだされば私が行ないましたのに」
とはリリィで、その自負は実力に裏打ちされている。
最初の一人。
曰く万能の魔術師。
威力の体は然程でもないが、器用で汎用性が高い。
研究室からのオファーも度々来るが、アインの御家事情に巻き込まれているためアインと同じく断ってもいる。
上手くいかないのは人生の常だ。




