美少女、考察する
「で、本題に入るけど」
自己紹介を終えると和やかな雰囲気でお茶会が始まりそうな勢いだったので話題をぶっちぎってみるとレオナルドがハッと顔をあげた。
「そうだ、結局国王陛下はユキが逃げられることに気付いていたのか?」
「んー…わからない。けどひとつわかるのはあのじじいが気づいていようが気づいていないが訂正することが出来なかったってことだ」
「どういうことだ?」
「クリス、あの精霊はまだ精霊になって日が浅いよな?」
クリスは先ほどの朗らかな笑顔が消えて真顔で腕を組んで聞いていた。
「…ええ。多分ね、あれを見るようになったのは私の母上…皇后陛下が亡くなってからよ」
「あたしはあんまり詳しくないんだけどさ、精霊契約って精霊と人間が行う契約だろう?精霊側になんかしらの制約ってあるのかい?」
「ない。けど国の存続がかかわるような重大な契約をする精霊にしては無知すぎる。あのじじいは常に変装魔法を使い続けるだけの魔力量とコントロール力があるのに使役してる精霊がアレだけだとは思えないし…どういう意図で今回の契約にアレが選ばれたのかがわからないから核心的なことはなんとも…」
「……確かに皇后陛下がご健在だった時は違う精霊を連れていたわ。あれは…たしか水を司る精霊だったんじゃなかったかしら。最近はとんと見ないけれど…」
やっぱりというかなんというか皇后陛下がご健在だった時はまだあの精霊とは別の精霊が傍にいたらしい。
「…ユキ、なにか気づいてるのか?」
じっとこちらを見ていたレオナルドが核心をついてきた。言おうか言うまいか迷っていたのを当てられ腕を組んで唸ると周りの視線が刺さる。
「……気づいたことがあるなら教えて頂戴。私は大丈夫だから」
いい話ではないことを悟ったクリスが苦笑気味に笑った。
「…クリスはあの精霊の顔を見たことは?」
「ないわ」
「皆は?見えたか?」
皆見ていないと答え、ただ、とエリーが続けた。
「ただ、髪らしきものは見た気がします。明るい色の…緩やかにカーブした長髪の…」
「クリスみたいな?」
全員がハッとクリスの顔をみる。本人も大きく目を見開いた。
「そ、そうです」
「どういうこと?急に怖い話になったわね」
「んー…正確にはクリスじゃなくて多分皇后陛下の真似をしてるんだと思う」
「は?」
「ここに移動するとき渡り廊下に自画像が飾られてたの気づいたか?」
会議室から外に出るまでの間エドガーに案内された通路は普段は王族以外通ることが出来ない少々特殊な通路だった。しかしそこは隠し通路とかそういう通路じゃなくて逆に物凄い豪華で繊細な通路で、吹き抜けになっている広間に現国王夫妻の絵画が飾られていたのだ。
クリスのシルバーのゆるいウェーブした髪は母親ゆずりだったらしい。彼女はとても優しい雰囲気で目元の黒子が印象的だった。
「見たよ、あのでっかい絵画だろ」
「そう、あの絵画の女性の方と全くおんなじ顔してたんだよ。あの精霊」
「な…なんですって?!」
衝動のまま詰め寄ろうとしたクリスを後ろから押さえたエドガーは確かなのか、と問うた。
「…正直本当にまるまま同じかどうかはわからない。けどあの精霊の目元の黒子が妙に頭にこびりついてるんだよ」
普段ここまで感情を露わにすることのないクリスがそのままソファに沈み、頭を抱えて背中を丸めて怒りに震えながらギリッと歯を噛みしめた音が机を挟んだこちらからでも確かに聞こえた。ひねり出したような重低音は初めて聞く声だったと思う。
「…あの野郎、どこまで母上を馬鹿にすれば気がすむんだ…」
「クリス様…」
心配そうに眉を顰めたエドガーが珍しく目に見えて狼狽えているなか、ジャンが小さく手をあげた。
「なあ質問していいか?」
「はい、ジャンくん。よくこの重たい空気のなか声を出せましたね。10点」
「お前は家庭教師か。さっき真似って言ったよな?本人が精霊になったってことないのか?そういう昔話なかったっけ」
「あ、多分昔話というより教会の聖典の中にそんなお話があったと思います。生きている内に善行を積み質素に生きて周りに感謝を忘れずにいれば天寿を全うしたあと精霊になりえるうだろうっていう教えで…」
随分適当な話である。エリーの手前口には出さないが半分が目線をそらした。エリー本人も微妙な顔をしてはいたが。
《少なくともアレはそんな大それたものではないわね》
男性の声でオネエ言葉が聞こえたからか皆がクリスを見るも本人も怪訝な表情を浮かべた顔をあげた。
《あら、あの精霊の話が聞きたいんじゃなかったの?》
「急に出てきたからびっくりしたんじゃない?」
《あらさっさと私を呼ばないユキが悪いのよ?ハァイ♡私は水氷の精霊ヴェレよ気軽に姐さんって呼んで頂戴♡》
頭上に突如水流が現れると徐々に男性体になっていく。下は水流のままなので人魚状態で程よく厚みのある筋肉にゆらゆら揺れる髪の部分はオールバックで後ろは長く流れている。透き通るような水の色の中にところどころ氷のような塊が見えた。深い青色の瞳が目ざとく体制の悪いクリスを見つけた。
《あらちょっとクリス!なんなのその体勢は!シャキッとおし!》
「は、はい!」
クリスが慌ててピシッと背筋を伸ばすと満足げに頷いた。
実はクリスは小さい頃にヴェレと出会いしゃべり方と美意識に感銘を受けて以降、師匠と愛弟子として割と仲がいい。当時皇后陛下が亡くなり、城の中が慌ただしくクリス自体も人形のようになってしまっていたらしいのだがヴェレのおかげで少しづつ元気を取り戻していったのだと後になってエドガーにこっそり聞いた。
俺とクリスは一度会ったあとは文通友達だったがヴェレ自体はちょくちょく遊びに行っていたらしい。
精霊は契約者の魔力がないとこっちの世界で姿を現したり力を使ったりは出来ない。要は無断で俺の魔力を使っていたのだ。このオカマ精霊は。
しかし当時の俺はイマイチ自分の魔力値をわかっていなかったし枯渇するほど魔力を使うこともなかったから後から言われても特に気にしてはないんだけど…ただその代償がクリスのオネエ口調化だった。いやいいんだよ?クリスが元気になったなら…うん、ただ大分罪作りしたな~とは思ってる。世の高位令嬢の皆、ごめん。
「…ユキは無詠唱で精霊が呼べるのか?」
「いや無理」
《私は隠れてただけよ~?精霊同士であれば気づきそうなものだけどアレは気が付かなかったわねえ…ハッ愚鈍が》
「今日殺意高くない?」
「あの精霊の正体はなんなのでしょうか」
《あら♡昨日氷漬けし損ねた子ね?》
レオナルドが問うようにヴェレを見つめると機嫌を直したのかにっこり笑って正面からまじまじと顔を近づけた。
《うーんなるほど…確かにイイ魔力ね。いいわ懇切丁寧に教えてあ・げ・る♡》
あれだけ冷静だったジャンがおろおろしながらユキとレオナルドを交互に見る。修羅場になるとでも思っているのだろうか
ユキもユキで内心焦っていた。本当にこいつレオナルドに乗り換えるんじゃないのかと。
実際のところヴェレにその気は一切ないし、そもそも誰とも契約しないと小さい頃に宣言していることは精霊がすんでいると言われている精霊界の方では幼い精霊でさえ知ってる有名な話なので特に心配することは何もないのだが。
《あれは幻影の精霊よ》
「幻影?」
《そう。他人に見せたいものを見せる精霊。あの男が変装するようになったのとあの精霊が現れるようになったのって同じ時期なんじゃない?》
ハッと顔をあげたクリスは確認をとるようにエドガーを見ると眉を顰めた表情で小さく頷いた。
《あの男がどういった意味で変装しようとしたかは知らないけど、変装自体はアレの魔法でしょうね》
「はいはい!あの精霊の正体とおっさんの魔法の元はわかったとしてさ、どうしてあの精霊の姿がクリスのかーちゃんに似てるんだ?」
《幻影の精霊は本来大した力のない精霊よ。幻影をみせる精霊に実体は作り出せない。ここまではわかるわね?》
ヴェレは黙って聞いている皆を見てから続けた。
《ここからは幻影の精霊の生態の話みたいなものなのだけど…幻影の精霊は実態がないの。そうねえ…陽炎を想像すればいいわ。だからこそ人に姿を見せるときはその人が見たいものの姿になるのよ》
この言葉で一番動揺したのはクリスだろう。目を見開いてわなわなと口を震わせていた。
「見たいものの、姿に」
《そう。ユキ、貴方アレの声に聞き覚えはあって?》
「聞き覚えはないけど…俺はクリスのかーちゃんとあったことないしなあ」
「…私もアレの声は聞いたことないわ」
《じゃあわからないわね…でもアレの声も誰かの真似した声のはずよ。もしかしたら王城内に声の主がいるかもね》
「…えっと、つまり?」
イマイチわかっていない顔で首を傾げるレオナルドに困った笑顔でジャンが肩を落としていた。
「つまり国王陛下はクリス様の母親の姿をした精霊に会うために精霊契約を行ったってことだよ」
「…?そんなことしなくても普段から顔は見れるだろう?」
そう。一般人であれば契約していれば精霊さえ許諾していれば顔を見ることは出来る。
《本来なら、ね》
「…おっさんに限っては多分無理なんだよ、レオ」
「どういうことだ?」
「国王は国や民を守る使命があるの。それは義務であり、王族として生まれたときからの運命でもあるわ。私たち王族はこの国から王都から出ることは許されない。それは建国したときから代々国を守る様に契約している精霊との契約の為なの。精霊は契約相手に制限をつけることでこの国を守ってきたのね…ここまではわかる?」
「ああ、小さい頃そういった建国の話を聞いたことがある」
「つまり、この国をずっと守るってことはずっとこの世界に干渉していなければならないの」
「それじゃあ国王は…」
「随時魔力垂れ流し状態ってことよ。まあ国王が全部担っているわけじゃないから王族が多い分には負担も少ないけどね」
「今は王族ってどのくらいいるんですか?」
「公になっていないところで言うのであればそれなりに居るわよ」
「わーーー!!!クリス!ケーキ美味しいな?!」
そうねえ…と秘匿話を口走りそうなクリスにケーキを突っ込み黙らせて息をつく。
危ない危ない。俺は余計なことを耳にいれたくない。
《それが原因で余計な魔力を使えないのよ。だからここぞとばかりにイチャつける機会を作ったってところじゃなァい?精霊契約を使えれば内容自体はどうでもよかったんでしょう》
「その割にはおっさん毎日あの変装してるみたいだけどな…」
《……鏡で自分を見るのが辛いのかもね。思い出してしまうのかも》
「ん?なんて?」
《毎朝会いたいんじゃな~い?って言ったのよ》
「はあ…国王陛下が早く隠居したがってる理由がわかった気がするわ…」
「陛下はユキとの婚姻をずっと昔から望んでおりましたから」
「げぇ。冗談じゃない!俺は色々見て回りたいんだ、これからも自由にやってくぜ」
「こっちだって願い下げよ。身体の凹凸つくってから出直すことね」
「ほっとけそれなりにあるわい!!!」
不本意なひと笑いを取ったところでヴェレは満足そうにうなずいてユキの隣についた。
《アレに関してはこんなところね。あと個人的にいうのであれば、アレが契約を執行するときは私がアレを消してあげるわ》
「そんなことが出来るのですか?」
《出来るわね~言ったでしょ、アレは三下も三下よアレで契約を交わすなんて本当に馬鹿にしてる》
「まさかあそこまで格差が出来ると思ってなかったからなあ…」
精霊契約は自分の精霊が上位であればあるほどに精度の高い契約を交わせるし、契約違反があることも考えれば自分の中で一番上位の精霊と契約してもらうのが一番である。
今回みたいな位の低いらしい精霊と上位の精霊で契約させると契約違反したときに自分側の精霊が返り討ちにあう可能性もあるからだ。
公平に見えて公平ではないからこそ精霊契約を結ぶ人間は少なく結ぶときはなるべく位の揃った状態で行うのが暗黙の了解であった。
「あの…実はわざと位の低い精霊をあてがったということはないのでしょうか…その、ユキさんをこっそり逃がすために、とか…」
「それはないわね。王族側から見れば今回の事件、本当に首謀者がわからないのよ…王城内の人間が首謀者であればまず間違いなく何かしらの痕跡が出てくるのにそれもないの。その状態で頼みの綱の勇者一行が一斉に消えたでしょう?王城内にユキを逃がしてあげられるほど余裕がないのよ」
「あ、先に言っとくけど痕跡が出てくるってところに突っ込むなよ、俺はこれ以上王族の秘匿話に首を突っ込みたくないから」
「あら。今ここですべてを話してここの人間全員に精霊契約結ばせてもいいのよ」
「申し訳ありませんでした」
慌てて膝に頭が付く勢いで頭を下げるとそこかしこで笑みが漏れる。
《でも精霊契約がガバガバだったってことを理解したところで、ユキは逃げる気がないんでしょう?》
「ないねえ…ガバガバだったところでやること一緒だし。こっちとしてはこのゴタゴタがすめば金貨10000枚だし?」
《まああの男のことだから契約がガバガバでも10000枚の金貨を散らしておけばユキは逃げないって確信があっても納得できることだわね》
「俺そこまで断言できるほどあのおっさんとかかわってないけどなあ」
《あら、それはユキが知らないだけよ。クリスに城内で会うたびに周りに水の気配があったもの。ユキとクリスを見守っていたんでしょうね》
これには俺だけじゃなくてクリスまで目を丸くしていた。自分たちには精霊の気配はわからなかったからだ。
《親の心子知らずとはよく言ったものね~じゃそろそろ私は戻るわ》
「え、珍しいじゃんいつもならそこらへんフラフラするのに」
《おばか。アンタ朝から魔力使いすぎなのよ、がぱがぱ聖水飲んでればいいわけじゃないの!…じゃあね私の愛し子》
「はいごめんなさい…ありがとうヴェレ」
ヴェレは腕を組み微かに首を傾けながら困った顔で笑って今度こそ本当に姿を消した。
なんだかそのしぐさに懐かしさを感じるもそれを追求する程の時間はなかった。