八話 血髪之花嫁
シャン…シャン…と鈴の音色とぴちゃ…ぴちゃ…と言う水が落ちる音が聴こえる。
それが近づとボソボソと歌う声も聴こえる。
良く聞けば、“今も愛してる 例え貴方が移ろっても 私だけを 愛した貴方だけ“そう虚に歌詞を歌いながら橋をゆったりと歩いている。
「…鬼姫。」
朱願凜はそう呟いた。
そう呟いた時に気がつく、音が止んだ。
その違和感に冷や汗が流れて、気が付くと橋には誰もいなかった。
「原谅!!」
焦る朱願凜の声とキンッ!!と直ぐ後ろで喧しい金属音が鳴り響き、腰を掴まれて突然風景は流れた。どうやら朱願凜に抱えられて物陰から広い道に出たらしい。
「ふふっ、ふふふふっ。坊や達、ご機嫌はいかが。」
代わりにさっきまで自分達がいた場所から現れたのは紅い袖と紅を散らせた白い傘を振った、さっきまで橋の上を歩いていたはずの幻想の中のような人だった。
「あなたの灯花を構えて。李梦蝶も。」
厳しい声で剣を構えろと呆けている私達に朱願凜は言う。先程の金属音の一つはどうやら今、飛剣の術で不気味に笑って佇むそれに向けらている蒼白い剣だった。
「あら、挨拶もしてくれないの?悲しいわ。」
ようやく剣を構えたが人に刃物を向ける行為を私はした事はない。多分、王芳も同じだろうと信じたい。私よりは落ち着いている様だけど。日本は基本武器を持てない国だからそれを考えれば他国とは武器の扱いに関しては差があるのは違いないけれど。…って、また気を逸らす事を考えてる。そんな場合じゃないって言うに。
「でも良いわ。私も久々に表へ出て来たのだけどそこの庇われてる子。私知ってる気がするの。いいえ、懐かしいのかしら。覚えがあるわ。」
ぴちゃりと髪から赤い水を滴らせて、その一人で喋るそれ…いや鬼姫は私を指差して不敵に笑う。
確か、原作でもこの鬼姫と許思浩は会話をしていたらしいと言うのは王芳のメモにあったから、何かしら私に話しかけてくるのは想定内だろうか。
でも、許思浩がただ突っ立てた的な事だからきっと放心する程事を言われたのだろうと予想したけど、何処かで見覚えがってナンパの十八番の様な台詞を言われて顔が引き攣る。
「そう、あの男とあの女に似てるのよ。憎いあの男と女よ。今でも嫉妬に狂って何度だって殺したいわ。そしたら、彼はまた振り向いてくれるかしら?ふふ。」
あの男?あの女?…って誰だ。余りにも大事な言葉が伏せられていて私には全く通じない。原作の許思浩はこの会話だけで立ち尽くす程の狼狽を?いやいや、あの男とかあの女の心当たりが有れば狼狽できる事なのか?生憎、私に心当たりがないから何も思う所もなくて何言ってんのこの人状態なのだけど。
アイちゃん、アイちゃん、何か心当たりは?
【お応えします。現在探れる中に該当はありません。】
……わからないのかい。そりゃ、わかってたらメモの時に一言ぐらいはありますよね。
私はこの時、今が戦闘状態であることをイマイチ現実として捉えられてはいなかったのだと思う。
だから、平気で考え事をして、いつもの様に現実逃避をしていたのだろう。
「許師兄!!」
そう、それは私の悪い癖なのだ。目の前の事よりも他の事を考えるのは。
叫び声と共に身体は引っ張られて後ろによろけた。それと同時に目の前に赤い水飛沫が舞う。小さな呻き声の後に聞こえるのはキンッ!!キンッ!!と言う金属音と王芳の怒鳴り声らしい音。でも私には何を言ってるのかは解らない。ログを見る余裕は無いから何か言ってるとしか解らない。私がわかってるのは目の前に赤が飛び散って、私を庇った彼が私を庇っている事しか理解できない。
私は動揺のあまりに剣を持つては震えるし、声が出ない口はパクパクと動かして必死に何かを言おうとしてる。やっとの事で理解したのはこの飛び散った赤い液体は血なのだと私を庇う様に立って飛剣で剣を操り鬼姫と戦う、彼からその流れ飛び散る赤い液体のそれから鉄の匂いがしたからだ。
どうしよう!どうしよう!アイちゃん!どうしよう!!私が無駄な事考えてたから…!どうしよう!あんなにたくさんの血が…!このまま、死んじゃったらどうしよう!アイちゃん!助けてよ!!
私は完全にパニックに陥ってしまっていた。
そんな中でも相変わらず叫び声が再び聞こえる。そして、横を向けば屍なのだろう化け物が目の前に迫って来ていた。朱願凜は今は鬼姫の攻撃を防ぐのが手一杯だろう。何かを叫んでいる様だがもう、叫び声としかわからないし。翻訳された文字を読んでる余裕は全くないし、見ても全く頭に全く何も入らない。
【自動防衛システムの構築完了しました。】
アイちゃんの日本語の音声が頭に響く。
襲いかかってきた屍は私がかろうじて握る剣で斬られた。その腐った肉を切る感触に恐怖と混乱が頭を更に埋め尽くし、この勝手に動く体はそのシステムとやらなのかと恐怖の中で感じた。
何時の間にか周りは複数の屍がのさばり囲まれていて。さっき怪我をさせた朱願凜も王芳も何か会話をしてるが私は勝手に動き剣を振るい肉を切る、身体から感じる感覚からの恐怖と人が斬られた事によるパニックでログなんて見れるわけもなく、その屍を切り裂く手の感触から私はさっきそれで失敗したばかりなのに、恐ろしい現実から遠ざけようと余計な事を考え始める。
私はホラーが苦手だったと。特に実写のモノは特に。アニメや漫画、ゲームでちょろっと出てくる分には描写も何もかもがメインでないから平気だが、それを題材にしたモノは苦手で、リアルになればなるほどダメだった。ホラーゲームなんかはドット絵ぐらいのデフォルメですら一人では出来ないほど。
だから、こんなにも怖い。まともに見る事なんてしたら夜も怖い筈だ。
それが今目の前にゾンビがいたらそれはまともに直視出来るかと言われたら出来ない。今だって顔を背けて目を瞑ってアイちゃんが動かすままに体を動かしてるだけだ。怖い、怖い。誰か変わって。
【 那么, 我倡議改變?】
その聞き覚えのある様で知らない声がまるでアイちゃんが語る様に聞こえてきた。思わず目を開けると目の前には“許思浩"とバーに書かれたウィンドウに【じゃあ、私が主導権を変わろうか?】と言う文字が浮かんでいた。
その下にはアイちゃんが提案を表示するときと同じ様に"はい"と“いいえ“のボタンが表示されてる。
【警告、いいえを推奨。】
アイちゃんの音声が流れる。
だけど、この恐ろしさから逃げられるならとはいと口を動かす。その瞬間に全ての感覚が遮断されて真っ暗な空間に投げ出された様な感覚の後に外界の感覚は無くなった。
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屍に悪戦苦闘してる中でぽろんと音楽が流れ始めた。
俺は前世はカンフーは習っていたし、今生は生まれた時から李梦蝶として生きてるから修行だって体験してるし何度か死闘はいやでも経験してる。だからこそ多少は何とか戦えてるも、未だに慣れない剣と仙術を使って屍と戦っていた時の事だ。
鳴り始めた音楽が気になるのは原作とは違う展開だという事。もう原作通りに事が進んでないのは俺や許思浩の中にいるのが異国の女が憑依してる時点で同じ展開は難しいのだと思って完璧な再現は諦めてる。
確かにどんなやり直しにしても転生にしても同じ人生を歩むのなんて現実難しい。
それでも今までは大筋は変わらない展開だから、物語の強制力と言うのはきっと存在してるなだろうとは思う。
けれど此処で音楽が聞こえる描写はない。しかも聞こえるのは琴の音色。琴を武器にしてるのは作中では許思浩だけだったと記憶してる。でも、憑依してる彼女がそれを使いこなせる気がしない。しかも彼女は怯えて琴なんてとてもじゃないが弾けないはずだ。それじゃあ一体と屍を振り払って音がした方を見るとさっきまで怯え切っていたはずの彼女が仙剣に乗って、月と星を背に夜空に浮かんで琴を奏でていた。
さっきまでは早く助けに行かないと叫ぶ程に見てられないくらい怯えていたはずなのが全く感じられず、落ち着いた表情で背筋を伸ばして琴を奏でている。その音はとても良く澄んでいた。許思浩は琴の名手だと言う描写は確かにあった。琴を奏でながら歌う姿はまさに生きる芸術品でだからこそどんなに許思浩が嫌われていてもそれだけは誰も汚したくないと言う程。
それに音術の才もあり彼はその音で囚われる前に主人公達と渡り合っていた。故に鬼姫も屍達もその音を無視など出来ない。
「そう!それよ!!あの女もそうやって!!」
鬼姫はさっきから、許思浩に誰かを重ねてるらしく、そうやって憎い憎いと叫んでる。
「…私を憎んだ所で無意味だ。それにもう知ってる。私がそれで今更取り乱す事はない。」
鬼姫の甲高い叫びの中で響いた声はとても、凛とした声だった。その声の主は薄らとした薄氷の様な切なさを感じる微笑みと共に言い放った。
彼女は日本語以外を喋れないと言っていたが、今は流暢に喋って居るのは自分と同じ言語だ。
そして、その喋りは原作で見たその許思浩その者を思わせる。
「…っ!……ならば貴様を殺して恨みを晴らすまでよ?」
「無理さ。私を殺す為の準備を貴女は終えてない。それに…」
喋る間も琴音止む事はないし、朱願凜が手を休める事もなく鬼姫も手を休めるい事はしない。
俺も戦っているが琴の音が聞こえ始めてからは余裕ができ始めたからこそ状況を確認できているのだ。許思浩の言葉を遮ったのは剣を振るい続けてる朱願凜だ。
「僕がいるのに彼に手出しをさせると?空を仰いで許しを請われてもこの剣に掛けて許しはしない。」
主人公の決め台詞の言葉に思わず、原作ファンとして震える。流石は将来に蒼空原谅と言われる号を手にするだけの事はある。蒼い澄んだ空の様な刃を持つその仙剣の名が許すと言う言葉に恥じない台詞だ。この場面では言わなかったはずだけどと少し違和感はあるけれどカッコいいのには変わりない。
仙剣と鬼姫の攻撃が打つかる音にも邪魔をされない琴の音色で気が付けばもう屍達の大半を鬼姫の支配から逃れて無力化されている。後は鎮魂するのみだろう。
それでも鬼姫を追い詰めているわけでない現象だ。俺の手は二人のお陰で空いたのだから今のうちに信号弾を打った方が良いだろうし、原作も李梦蝶が苦し紛れに信号弾を放ったお陰で応援が来て鬼姫は引いたのだから。
高く打ち上がった信号弾は花開く花火だ。これで応援が来る。
「ふふっ、お仲間を呼ばれてしまったわね。」
鬼姫は大きく引いて初めに見た橋に戻った。
そして、信号弾を見た楊嘉睿とその他が近くに居たのか思ったよりも早く現れて、俺たちを守るように先頭に舞い降りた。
「鬼姫…十数年振りに姿を現したようだね。李梦蝶、よく知らせてくれたね。それに良く朱願凜と許思浩も持ち堪えてくれた。」
「あら、宗主級の仙師も来ちゃったの?はぁ……仕方無いわ。…まぁ、充分遊べましたし、配下達もあの憎たらしい子に沈められてしまったからもう逃げます。ご機嫌様。」
あっさりと鬼姫は楊嘉睿と朱願凜、それから許思浩を見て、気に食わなかとばかりに袖を振るい紅く濡れた花びらを散らして姿を消した。
「やはり、逃げられたか。姿を現して仙師と戦ってるのが最早珍しかったね。本当、三人とも良く生きてた。それに思浩かな、屍の無力化したのは。」
楊嘉睿が辺りを見て状況把握を図ってる。
俺は許思浩の行動が気になって側による。
「許緣、君か?」
「……」
まだ御剣している許思浩に手を差し伸べて、最近聞き慣れていた師兄とも字でもなく名を呼んでいる事に驚く。主人公は原作では許思浩が死んでからしか彼の名を呼んだことはなかったはずだし、本人を前にして実際に呼んでる描写は無かった。
名を呼ばれた許思浩は黙って微笑んでそのまま目を閉じて剣もろとも落ちてくる。
それを焦って受け止めた朱願凜も近くで見ていた俺も驚いた。
「大丈夫!?」
「………気を失ってるだけらしい。」
「なら、よかった…。怪我とか無さそうなの?」
「師兄は無傷だ。可笑しな術も掛かってない様に思う。」
「良かった…。」
俺は取り敢えず胸を撫で下ろす。しかし、さっきのはどうした事なのだろうか。目が覚めたら聞かなければと思う。恐らくお見舞いぐらいは今回仲良くなった判定とかでこじつけられるはずだ。
「三人とも怪我の具合は……朱願凜、大怪我をしてるね。後、許思浩はどうしたんだい。」
周囲の安全の確認も取れて後始の支持を飛ばし終えた楊嘉睿が詳細を確認に着たのかこちらにやってきた。状況は大怪我をした朱願凜がさっきまで立っていたはずの許思浩を抱えている為に困惑気味に尋ねた。
「力の使いすぎで気を失った様です。」
「あぁ、街全体の凶屍を無力化させ、鬼姫にも圧力をかけていたみたいだからね。だから、私も直ぐにこちらに迎えた。伝令符で胡悠天達の班が今回の噂の元の方は鎮魂したとさっき連絡が来たから任務としては後始末を残して終わりかな。取り敢えず、君たちは報告は後でいいから一度宿に戻りなさい。」
「御心遣い感謝します。それでは後ほど。…阿蝶、許師兄の灯花を持ってきて。」
「え、えぇ、分かったわ。」
私は地面に落ちたままだった許思浩の仙剣を拾い、朱願凜に続いて、楊嘉睿に拱手して追いかけた。
ようやく、名と号関連をを修正しました。
詳しくは活動報告に書いてます。