七話 迷走
「っ許思浩!!!」
宿に戻ってきて、入り口を開けるとエントランスにいた胡悠天が私を目にした瞬間に怒声をあげ近づいてきて何をするのかと不安に思えば手をを振り上げて私を叩いた。
その時、この間よりも濃いアルコール臭がしたから相当飲んだのだなこの人はと言う事だけ頭の中で思った。
「胡師兄!!突然叩くとはどういう事ですか!?」
「またお前か!!煩い!黙れ!お前には関係ない!!」
慌てて私を庇う様に立ってくれた朱願凜を払い飛ばして、今度は叩かれ床に転がった私の首を掴み上げる。
「何故、宿に居なかった!!いつも言ってるだろう!!俺が動けない時は大人しく部屋に篭れと!!お前は何故毎回俺に歯向かう!!」
怒鳴ってる事は前に食堂で言われた内容と似通ったものだなと感じる。その間にも首はギリギリと閉まって、息が苦しくなって、視界はぼやけて行く。これ殺されるかもと思う、フッと力が緩くなって手が離れる。
私は床に崩れ落ちて、ゲホゲホと咳をしながら必死に酸素を取り込む。
また、胡悠天の手が伸びようとするも逃げたいと思うのに酸素のまだ足りてない身体は思う様には動かない。しかし、胡悠天の手は私に触れる事はなく代わりに触れたのは朱願凜の身体で、彼は私を抱き抱える様にして庇った。
「……なんの真似だ。」
「胡師兄、貴方の暴力を見過ごせと言うのですか?」
「別にもう暴力は振らない…怪我をさせたから手当てをしなければと思ったんだ。どけ。」
「それを信じろと?」
「どけ。」
しばらく朱願凜と睨み合ってるようだったが、胡悠天がチッと舌打ちをして酒を煽る音がする。
「…この薬を使え。後、怒鳴って悪かった。」
そのまま、宿の奥に消えていく。その気配を感じて緊張も解ける。
胡悠天は許思浩をどうしたいって言うんだ。そういえばスッカリ関わるのが嫌であの隠し情報の事考え無い様にしてたけど、それが解ればこのやたら絡んでくる理由がわかるのか?いや、条件が二つとも胡悠天と一緒に過ごさなきゃならなとかだったっけ…それって私の身体持つの?何というかもはや例えてDV男の様だって言うのに。うん。自分に降りかかるとこれはこれで困る。二次創作物ならまぁこれも愛かぁって他人事に思うけども、それとこれは個人差だよね。うん。私は怖くて仕方ない。現に身がすくんでいる。
「おや、怒声が聞こえたと思えば、悠天かな?相変わらずだね。」
胡悠天が去った方から現れたのは楊師尊だった。この状況を見て溜息を吐く姿は何度も同じ事が起こった証拠だろう。
「随分と朱願凜に懐かれたみたいだね。貴方が同年代仙師と居るのは本当にいい事だと私は思ってはいるよ。でも、余り悠天を刺激し過ぎないようにね。…それで外に出ていたなら何か収穫ぐらいあるのでしょう。落ち着いたら報告に来なさい。」
着物の裾を翻して去った。
楊師尊は私がここに来て最初に出会った人という事もあって私自身頼れる人だと思ってるが、もとより何かと許思浩を気に掛けてくれる兄や親の様な存在なのかと思う事もある。
さっきも優しい笑みを浮かべて朱願凜達を目にして優しく微笑んで嬉しいと言うかが伝わった。また胡悠天の事を言う時は困った顔で言葉には余り無下にしてあげるなと言うものを何処か含んでいるのだろうと言うのが伝わった。例え、その優しさに裏があろうと今は発言力とかもろもろで頼れる人なのだから。
何よりも私には胡悠天が怖い。自分よりも背も体も大きいのもそうだが怒鳴られて手を上げられるのは駄目だ。許思浩自信がどう思っていたかは本当の所は分からない。考えても仕方ないだろうと思うし、人の感情は記憶が伴ってこそだ。
もう一つの朱願凜達が許思浩と同年代と言う事聞いて少し驚きの事実を思い返す。私の精神は27歳だが、許思浩の年齢を実は気にしてなかったから知らない。見た目だと中学生…いや高校生くらいの容姿だろうか。
【お応えします。許思浩の現在の年齢は15歳です。因みに朱願凜も同じです。他は李梦蝶は16歳。楊嘉睿は29歳。胡悠天は21歳。となります。以降も確認したい場合は各キャラプロフィールに保存しておりますので気軽にお声がけ下さい。】
アイちゃんのサポート流石だわ。ってか若っ…確かに成熟した容姿ではないとは少し思ってたし、何処となく朱願凜の事は年下のつもりで接してしまっていたし、それに許思浩の事を師兄と呼ぶものだから歳は離れてるのかと勝手に思ってた。
思い込むのは悪い癖と言うか悪い事だと私自身思っている。私自身歳とか気にするのも好かないから無意識にそのまま自分の歳のままにしてたのもあるかと苦笑する。
「師兄、一度部屋に行きましょう。」
未だに床に座り込んで朱願凜の腕の中に居るのを忘れてた。
本当に考え事して気を間際らす癖は辞めた方がいいかた思う。
私は朱願凜の胸を軽く押して立ち上がる。少しふらついたがそれはまだ少し酸素が頭に足りなかっただけだろう。
朱願凜に目をやると少し悲しそうな顔をして居たが部屋の場所を確認してきますねと、恐らくそこそこの時間イラついた胡悠天がエントランスに居座ってた所為か端で縮こまる店主に落ち着かせる様に話しかけて話に行った。
「…胡悠天が許思浩に酷い当りをする描写ってなかったのだけど、何かしたのか?」
タイミングを逃さないとばかりに、声をできる限り抑えて王芳は話しかけてきた。元からこんなキャラじゃないと言う驚きの発言だ。
“私が会った時からこんなだったけど”
私は流石に心当たりも何も無いからそう言うしかなくてそう書いた。それに王芳は眉を顰める。
「許思浩を最期まで庇って死を嘆いたのはあのキャラだけだから不思議でな。」
まぁ、死は惜しむのは理解できる。何やら二人の間には約束とやらがあるらしいし、いくら何でも心配の度を超えて手まで上げるのだから。
“胡悠天と許思浩が何か約束をしてるらしいのだけど何か知ってる?”
「何だそれ。そう言う記憶があるのか?」
“胡悠天にそう言われた。”
「…確かに約束とやらがあるなら原作でも読者の間では過剰とまで言われた胡悠天と許思浩の絡みが多いのは納得いくかもな。しかし、過激な描写が多いキャラだったけどさっきのアレは流石に驚いたさ。」
私だってと言いたかったが「部屋はこちらだそうですよ。」と言いながら朱願凜が戻ってきたので口にはしなかった。
部屋は寝泊まりするだけの様な質素な作りだった。それぞれ一部屋ずつ割り振られて居て朱願凜は隣の部屋だと言っていた。李梦蝶は女子なのでそちらはまた別に部屋が離れてる。今は傷の手当をと愛玩動物の様に見つめられ押し切られた為に私に割り振られた部屋で大人しく叩かれて赤く腫れ少し口端が切れた場所と締められて痣になった首に胡悠天が渡した傷薬を塗る。
その薬は恐らく腕の時にも使われた物でアレは次の日驚いた程に痣が綺麗さっぱり消えて、塗った瞬間には痛みが引くほどの凄い薬だ。寧ろ、ヤバい薬と認識してる。
それにしても傷を治療する朱願凜は複雑そうな顔だ。この間もやたらと怪我を気にしてたが許思浩の何が朱願凜をそこまでさせるのか。
「恐らく直ぐに痛みも痣も消えます。胡師兄の薬は相変わらずの効果ですね。」
胡悠天のこの薬は多分有名なのだろうか。だからこそあの元凶とも言える男が渡したヤバい薬を躊躇いなく使ったのかと思う。
「髪も崩れてしまったので直しても?」
今度は何かと思えば崩れた髪を直したいとまた同じ様な顔をして言われたから"好きにしろ“と傷を治療したいと言われた時にも書いた紙を再度見せる。
すると安心した様な顔で「謝謝」とアイちゃん翻訳無しでも挨拶以外に知っていて聞き取れる中国語、その“ありがとう”と言う言葉を耳で聞いて複雑な気持ちになる。お礼を言うべきは私なのにと。
「綺麗ですよ。」
外で結われたときより丁寧に編まれた三つ編みを手で掬って、朱願凜の表情を伺えば菩薩か、仏かと言いたくなる程の穏やかな笑みだった。
「…そろそろ、李梦蝶も連れて師尊に報告に行きましょうか。」
確か、落ち着いたら報告にくる様にと言っていたなと思い出して頷く。
部屋を出て、王芳と再度合流して、楊師尊の部屋へ報告へ向かう。
彼の部屋は他よりやはり豪華で香を焚いていたらしく落ち着いた匂いがする。
「来たね。それで何かわかったかい?」
「はい」と朱願凜が代表して聞いた話を話した。それを聞いた楊師尊はふむと頷いた。
「他の弟子達と大体同じ内容だね。あの杜家の話では聞けなかったのでやはりこう言う手は欠かせないね。…夕餉を食べ終えたら狩りを始めるのでそのつもりで。恐らく居ないと信じたいが…もし、本当に鬼姫が現れたら信号弾で応援を呼ぶ様に。」
話は終わり後は時間になるまで休む様に言われたが楊師尊は許思浩だけを呼び止めた。
その際に朱願凜が睨んだ様にも見えたがそのまま拱手をして二人は部屋を出て、楊師尊と二人になる。
楊師尊はこちらへおいでと手招きをして許思浩を呼ぶ。そうして近づくと手をそっと握られてしまう。
「阿思、君が誰かと行動するのは珍しいね。それに髪も結ってる。それに悠天を怒らせて……」
ま、まさか私が許思浩じゃないって疑わられてるのか?確かこの世界観って奪舎とか言う他人の体を奪う術があるんだっけ?それは基本禁忌とかで、罰せられる様な事なんだよね…もしかしてヤバい感じなの…?
私の背に冷や汗が伝う。
そのまま、言葉の続きを待つ。
「声が出なくなって一週間程。別に怯えずとも君を追い出したりしないよ。」
え?追い出す?そう言う話があるの?
「歌えない君は確かに他からは無価値の様に言われるてるが、君の琴も剣術も私は好きだよ。だから、今回の夜狩も君に期待してる。それは忘れてはいけないよ。」
ぎゅっと手を包まれて離される。「部屋に戻って平気だよ。」と言われて解放される。
一体この話の意図する事を図り兼ねる。
私がここを知らな過ぎるから解らないのだろう。そんなのわかってる。それでいて許思浩の人間関係が複雑過ぎるんだ。
嫌われ者の悪役。いや、悪役は嫌われ者だけど少なくとも仲間ぐらい居るだろう普通。魔王だって配下がいるし、悪役令嬢だって一緒に主人公を虐める取り巻きがいたり、複雑な関係な親と兄弟ぐらいいる。
でも、許思浩にはいる気配もない。それどころか、モブ達に日々悪口を言われて、ハブられてる。今のところ暴力は振られてないけど。
楊嘉睿と胡悠天が喋る度に許思浩は周りに酷い扱いを受けて、歌以外何も出来ないと本人が言ってるキャラ。王芳から聞く許思浩は謎めいた行動ばかり起こして、主人公達と関わるキャラ。そして、アイちゃんの説明では最終的に主人公達と敵対して処刑されるキャラ。私から見た許思浩は本当訳の分からないキャラ。
………キャラ設定どうなってるんですか??人間関係からキャラ性格に背景。全く見通しが悪いにも程がある。こんな不完全なのに喋らないお陰か、誰も許思浩を前と違うとか可笑しいとは言わない。初めの頃はだからこそこの行動が正しいとか思ってだけど今じゃ自信なんてない。
何より、主人公はどうして許思浩を構うのか。原作ではそんな描写が無い。私は実際声を無くした以外何もしてないのに、そのたった一つがここまで変えるのか。
「許師兄。」
割り振られた部屋の前に戻れば壁にもたれて朱願凜が待っていた。そして、私を見て安心した様子で笑って私を呼ぶ。
「貴方と夕餉を共にしたく、待っていました。」
朱願凜は当たり障りのない理由を言う。それでも、どことなく違和感がある。
王芳がくれた原作の流れのメモにあった追記の言葉が頭に過ぎる。
注意か。私には正解の行動を今知ってる情報で想像するしか無い。人の語る物語はそれぞれの主観がどうしても付き纏う。自分の目で見なければ本当は分からない。あらすじもネタバレも結果として本当に見た時の思った結果には程遠い。結果だけわかった所で本当を観なかった結果に意味なんてないと私は思う。本当にスッキリしない。
結局、拒否するよりも身を任せる方がバラバラで訳が解らないよりも良いだろうと夕餉を共に食べて、少し仮眠を摂った後に夜狩の時間がやってきた。
「…__なるべく二、三人で行動する様に。大きな噂になってるのは五件だが、細々とした被害は多いらしい。恐らく複数の屍もしくは鬼がいるだろう。もし、それが鬼姫なら直ぐ応援を呼びなさい。以上、夜狩を始める。」
楊嘉睿の号令で龍江の街をグループに分かれて行動する事になる。本来の許思浩はここで単独行動して、主人公に疑われる行動をするらしいが、この鬼姫編が始まってからずっとべったり故に疑われる所では無い。
きっと、よくある悪役なら変わり系の展開ならここで奮闘してなんとかするだろうに。
しかし、私のイメージだと街中に屍とか鬼が居たら昼間もそれなり騒ぎになるのではと思うのだけどそれはどう言う事なの?アイちゃん、ヘルプです。
【お応えします。屍や鬼は時に人に変装をしてる場合があり、日中は陽の気が強い為に行動は制限され、身を隠しています。夜になれば陰の気が強まり、邪の者たちは解放されます。その為、仙師側も日中は邪の者たちを見つけるのは困難故にこうして陰な気が強まった夜に狩をします。】
変装って…知恵はあるのか。見つけるのは中々に大変だろうな。
そう言えば戦うのってこの許思浩の部屋に琴と一緒に大事にされてたこの蔦と花の彫刻が施された柄と鞘に刀身は雪の様に白く、そこにはアイちゃんに曰く“灯花“と刻まれてる立派な剣。この剣を使って身を守れって事なんだろうけど…私剣術なんて習った事もないし、平成、令和の戦争のない平和な場所で生きてきたのに死体とは言え人の肉を切るなんて事はできるのだろうか。そもそも動物の解体すらも怪しい。
琴も琴でその側面には剣と対なのか白い塗りに控えめに紅い花と翠の蔦が描かられ、糸を張る所にひっそりとこれまたアイちゃん曰く“澄花“と書かれていた。この琴をどう使って、何か攻撃をするって言うよりは何か補助とかの術を使う為なのだろうから戦闘はやはり剣に頼るべきなのだろうと思ってる。
辺りを警戒しながら歩くが屍やら鬼が出てくる気配が今の所はない。このまま出ないで欲しいと願う。
けれど、原作では少なくとも鬼姫が現れていて、許思浩と主人公の朱願凜はそれと対面してる訳で、ここに鬼姫と屍たちが居るのは確定事項。因果率がどうのとは言いたくないけどね。
「……?何か、聞こえませんか?」
「何って?」
朱願凜が腰に下げた剣に手を添えて、警戒をしながら少し広がって歩いてた三人の距離を詰める。
その空気を察して王芳も私も耳を澄ませてみると確かに水がピチャン…ピチャン…と落ちる音と鈴のシャン…と言う音がまだ離れてるとは言え聞こえる気がする。
「河辺の方から聞こえるわね。」
「邪気も凄い。」
私にも分かる程に空気は重く感じられる。どんどん音は近くなり、不意に鉄の生臭い臭いと腐敗臭とでも言うのかそんな臭いが風に乗って匂う。
私達は家の物陰に身を潜めながら音のする方を慎重に覗くとそこに雨も降っていないのに白に紅が飛び散ってる油脂傘を差した髪の長い遊郭の花魁のような妖艶な気をまとい、それでいて紅い服、そうまるで中国の花嫁衣裳のような服を纏ってる。今は夜も更け、明るく丸く大きな月が真上に差し掛かる時間。橋にはそんな現実味のない人が歩いていたのだった。
話を更新する度に読んでくれてる方々が少しずつ増えている様でとても嬉しく思います。
ブクマや感想、評価まで頂いた時は息が詰まるほど毎回喜んでしまいます。
ありがとうございます。