五話 下山道中
「許師兄、今日は馬での移動との話でしたが…馬はどうされたのですか?」
え、馬?個人の所有なの?
一夜空けて、出発の日。集合の場所に赴けば皆それぞれ馬を連れている。ってきり馬車とかなのかとたかを括っていたが、まさか馬での移動なんて今朱願凜に言われるまで考えもしてなかった。そう言えばこの世界って剣で空を飛ぶとかなんか最遊記の孫悟空が乗る雲みたいなえっと觔斗雲で空をサーフィンの様に飛ぶ世界観だったな…何て事を思い出して馬乗らないなら剣でって言われる奴なのかと冷や汗が出る。
「フン、冷静歌君は荷馬車だろう?」
「馬舎の馬に全てに乗るのを拒まれて碌に馬にも乗れない、歌と琴以外に取り敢えのないものな。」
「そうそう、荷物に埋もれてるのがお似合いだ。」
馬の件をどうしようか、なんと答えようと考えてる時、背後からそう言ったのは誰か。振り返れば全く知らない3人組の男達が馬に乗って嘲笑う様に言ってきた。それを睨んで言い返したのは朱願凜だ。
「へぇ、何故?君らには何も取り柄なんて無さそうだけど?」
「あ゛ぁ?なんだお前?…げっ、最速で結丹したとか言う新入りか。ハハッ、嫌われ者の許殿をよく知らなくとも当然だろうな。」
「許殿は馬に、いや失礼。語弊があるな。彼は人のみならず、動物からも嫌われているからさ。」
「こうして遠出する際に乗る馬を選ぶ際に全ての馬から拒否されたて、落馬して大怪我をした時は見ものだったな。」
ゲラゲラと笑うその下品な声に思わず呆れてしまう。
しかし、薄っぺらい罵倒だし、やけに説明的だな…。しかも主人公の説明まで…。アイちゃん、この突然現れたやたらとモブ感の強い方々は?
【お応えします。詳細情報はありませんが、おそらく作中初期で優秀な主人公に嫉妬心から絡んだ師兄かと推測されます。】
ふむ、優秀と言われる人間と自分より下の人間に傲慢な態度取るよくいる奴らと言うことか。
まぁ、相手にするだけ助長させるだけだろうから何かアクションを取る必要もないだろう。
と言うか私としては知らない事を教えてくれた案内役のNPC的な存在だ。大人しく荷馬車に揺られて楽して行きますとも。
私はくるりと背を向けて荷馬車の方に歩き出す。
「あ!待って下さい!許師兄!」
今にも喧嘩を始めそうだった、朱願凜は何処かへと行こうとする私の後を慌てて追う。
NPC三人衆は相手にされなかったからか、何やらぎゃーぎゃー言っているが気にしても仕方ない。
「許師兄、良いのですか?」
てか何で構ってくるの?別に喧嘩したくないし。と言うか馬を引きながら来られると威圧感が凄いな。NPC三人衆何て乗馬した状態で絡んできたからその時は相手をする気さえ起きなかったぐらいだ。
“何がだ?"
「あの様な侮辱。人として怒って良いかと。」
“話すだけ無駄だ。“
「…そうですか。…許師兄、荷馬車は危険です。アレは人が乗るれるように出来てません。宜しければ私と同伴しませんか?」
は?何で主人公と?こういうのは主人公が攻略キャラとするもんじゃないのか?
驚いて、朱願凜の方へ顔を向けると良い笑顔で馬を撫でて居る。
側からみてその馬と本当に信頼関係を結んで居るのがよく分かる。
「莉莉も貴方一人増えても平気だそうですよ。」
ブッルルル…と主人に答える様に鼻を鳴らした馬は何処か誇らしそうだ。私は良い馬なんだろうなと感心はしたけど実際乗る事を考える。
そもそもで許思浩は馬舎に居る馬から嫌われて馬に乗れないのではないか?その馬もこのキャラを自ら蹴落とした一頭なのでは?いやいや、それに馬に同伴って時代劇とかでよく見るけどさ…アレ結構怖そうじゃん!乗り慣れてないと尻の皮が剥けるとか言うし…出来れば荷馬車に乗って同じ痛めるなら揺れで痛める方が…
「許思浩、朱願凜。馬にも乗らず何を話混んでしているんだい?」
「楊師尊!」
今度馬で近寄って来たのは微笑んだ楊師尊だった。
私と朱願凜は挨拶の動作をする。
「許思浩、君はいつも通り胡悠天の馬に乗りなさい。」
え?何て?胡悠天ってあの昨日の酔っ払いの泥酔野郎だよね?何かとこのキャラを気にしてるらしいけど…ここでも出しゃ張るか…。主人公にでも構って欲しいよ。と言うか飲酒運転野郎の馬に何て乗るのはゴメンだ。
だから、私はメモを取り出して“荷馬車で充分です。“と書いた紙を見せた。
「また、君はそんな事言う。君を荷馬車に押し込めたら悠天が騒ぐのを解っているだろう。」
私は取り敢えず鼻を鳴らして斜めを向く。何が好き好んであんな怖い人と同伴をしなきゃいけないのか。昨日だって何らかの関係があって心配して世話を焼いてるのは汲み取れたけど、酔って乱暴する様な人だ。恐怖しない方が難しい。
「ハッ、許思浩はまた俺と乗るのに駄々を捏ねてるのか?」
はぁ…噂をすれば現れる。何だか今知ってるメインキャラが勢揃いじゃないか。その話の中心は本来この悪役でなく、横で喋るタイミングを逃して私の横で馬と居る主人公の朱願凜だろう。
「思浩、荷馬車は危ない。前に酷い目にあったろ。」
酷い目に?前に何かあったのか…、面倒な。
アイちゃん、その酷い目っての分かる?
【お応えします。荷物に生き埋めになったと記録にございます。】
荷物に生き埋めに…それはそれで死と隣り合わせ。と言うかどれ程適当に荷物を詰め込んだって事だろうか…。確か人が乗れるようには出来てないだったか?荷物を運搬としてどうなんだ?
現実逃避をしがちの私は余計な事を考えて居ると朱願凜が私の前に立って言う。
「師尊、それから胡師兄。その役目、私に下さいませんか?」
「ハッ、お前…あぁ、最速で結丹を果たしたって噂の奴か。」
「それにしても、悠天以外に思浩と同伴したいと言う子がいるなんてね。珍しく弟弟子に懐かれてるのだし、良い機会だ。悠天も譲ってあげれば良いではないか。」
「…師尊、コイツも許思浩を虐める輩の一人とは考えないので?」
「君が横に居れば問題ない事でしょう。」
胡悠天は舌打ちをかまして朱願凜を睨んで取り敢えず黙る。それに微笑む楊師尊はこちらに向き直り言った。
「思浩、せっかくなのだから彼に乗せて貰いなさい。」
それは有無を言わさない威圧感があり、この人は確かに上に立つ人なのだと理解する。
私は返事の意味も込めて、挨拶のポーズで礼をする。
けれど、問題は表面上しか解決はしてない。
なにせ、未だに朱願凜と胡悠天は睨み合って居るからだ。一触即発か?と言う具合だ。
「胡師兄、貴方は酒を止めるべきかと。」
「ハッ、突然説教か?お前に言われる筋合いもそう言う仲でもないだろう。そもそも、俺の弟子でもないしな。」
「えぇ、そうですね。ただ、人を乗せようと考えてるのに何故酒をと思ったまでです。」
うわぁ…主人公さんのど正論…しんど…。胡悠天さん、怒じゃないですか…。いい加減揉め事パート終わらないのですかね?と言うかもう私達がちゃんと馬に乗ったら出発な雰囲気では?
ここは私がさっさと乗せろと言うアクションを取るべきなのだろうか。
ええい!もう行動あるのみ!と私は朱願凜の肩を叩いて痺れを切らした様に腕を組んで乗せろと顎で馬を指す。
「あ、申し訳ありません。直ぐに。」
朱願凜は慌てて馬に跨り馬を宥めながら私に手を差し出して引っ張り上げた。朱願凜に抱えられる様な体制故か、安定してる。これなら少し安心して乗れる気がする。
「……落馬だけはさせるなよ。」
胡悠天は私が馬に乗ったのを見届けるとその場から少し離れ、自分の弟子だろう人達に指示をする。
馬に乗るまでは見通しが悪かったが30人くらいは居る様だ。その内、荷馬車が一台。確かにあの荷馬車に人が乗ると言うか物が乗ってるのすら危うい。貴重品類はそれぞれ四次元ポケットの様な何でも袋、アイちゃんの説明曰く乾坤袋とか言う天地やら陰陽の力で物を収められる物だとか言う袋に入れられてるのだろう。これが中々に便利で私もそれに詰めてきた。多分実際の使い方的なのは違うけど、アイちゃんが出し入れを管理してくれててリストからその物をタッチするだけでそれが出てくる優れもの。
だから、あの馬車はきっと壊れても良い物だけど必要な物が乱雑に置かれてるのだろう。
「進みますよ。」と良い声で耳元に囁かれて動き出す。
思わず、感動を覚える。前世ではそれこそ文明の力の車や電車と言った乗り物が主流で馬なんて動物園や牧場での乗馬体験や乗馬倶楽部辺りの体験、もしくは農業系の学校とか金持ちの学校の部活とか、競馬の騎手にでもならなきゃ乗る機会なんてない時代と国だ。見る機会があっても一般人には乗る機会なんて自然には訪れないし、長距離なんてもっての外。ワクワクしない訳がない。
「中々に莉莉は安定してるでしょう。この子は体感が良くて思いやりのある子だから乗り慣れなくとも余り疲れないのです。」
成る程、許思浩はそんな馬にも一人で乗らせて貰えないほど何か決定的に駄目なのだろう。馬は賢いと言うから。
それもしばらく乗れば普通に乗り物に乗ってる感覚と変わらない。比べる物ではないけど似た形のメリーゴーランドに同じ時間乗り続けるより楽だ。滑らないし、無機物じゃないからだろうけど。
でも、更に夕刻になれば話は別だった。例え途中休憩を挟もうとも。
「なんだ、珍しく寝掛けてはいなかったのか。」
今日の野営地で馬を降りて朱願凜が莉莉を馬の休憩様に纏めた場に連れに離れたのを見計らってか座って休んでいる私に付かず離れずを保っていた胡悠天が鼻で笑いながらそんな事を言う。
なにか、お前と乗ってる時はこの許思浩は寝るのか。良く寝られるものだ。と言うか馬に乗りながら寝たら危ないだろう。
私は機嫌悪く顔を背ける。辺りは月明かりもそこそこで暗いし文字を書いても見づらいだろう。と言うかコイツに何を喋っていいかわからないのもある。
何か喋ったら下手な地雷を絶対に踏む気がする。
「胡師兄は何故、そんなに彼に絡むのですか?」
「煩いのが戻ってきた。」
朱願凜は椀を二つ持って帰ってきた。その椀はどうやら粥が入ってる様だ。
「食事をもらってきました。途中で何羽か雉を仕留めた様で鶏の炙り焼きも付いてます。」
渡された椀には野菜が入った粥と鶏肉の炙られた切り身が添えられていた。
許思浩は余り肉を好んではいなかったらしく、この身体になってからは粥に少し入っている挽肉ぐらいしか食べていなかったから久々のしっかりした肉に喉が鳴る。
「香辛料は余り使ってないそうなので気にせず。」
あー、忘れかけてた設定の喉問題があったわ。確かに肉料理は色々と騒がしかった食堂で見た感じどれも喉に悪そうな程だったなと思う。それ故に許思浩は食べなかったのだろう。
「胡師兄も早く行かなければ、雉を食べ損ねますよ。」
そのままフンと気に食わなとばかりに腰の酒を手にして煽りながら去っていく。
私はせっかく持ってきてくれた食事を食べる。
その粥はここ最近食べていたものよりも質素と言うか、味が足りない。鶏肉も野生味のある味わいで不味い訳ではないが私は苦手だった。これが調味料が発展した未来を生きた記憶がある代償か…。醤油とか味噌が恋しい。
量は余り多くはなかった故に直ぐに食べ終えて食器はさり気無く朱願凜が片付けた後、身体は食欲の次は睡眠欲とばかりに眠気が襲ってくる。食欲が満たされたら今度は睡眠欲か。なんて単純な。
うとうとしている私を見て今日は一日中側に居てくれる朱願凜はそんな私を見て少し微笑んでから、フッと思い出した様に明日の事とですがと喋り始めた。
「先程、食事をもらう際に聞いた話だと明日は卯の初刻に起床後に正刻には朝食を終え、辰の初刻には出発だそうです。」
え?何の話?卯の?辰の?アイちゃん?これって時間の事?全く何時かわからないよ。
【お応えします。これは中国の陰陽道から日本にも伝来していた古来からある十二時辰と言う時間の表し方です。一区切りが二時間で区切られいるのが特徴で、卯の刻は五時〜七時の間、辰の刻は七時〜九時を指してます。細かく表す場合に初刻や正刻、一つ、二つ、などで細かく表すことも出来ます。詳しくは表を参照してください。】
親切に説明以外にも表を準備してくれたのでそれを見るとどうやら、五時起床の六時には食事終えて、七時には出発という事らしい。まぁ馬も人も多いから二時間は準備が必要か。
「戌の中刻も過ぎました。明日も早いですし寝ましょうか。」
過ぎという事まだ八時半辺りで九時前という事かと思ったが馬に乗っての初旅は応えたようだ。と言うか許思浩ってキャラは割と身体が弱いのだろうか?と言うか仙師って体が丈夫なんじゃないのか?どう言う事だ。なんて思わずにはいられない。
もうこれは粥に睡眠薬でも仕込まれてたって言う方がしっくりくるなと思いながら意識は沈む。
「…大丈夫、ゆっくりとお休み下さい。」
一体、何に対しての大丈夫なんだ?何が邪魔をするのか?確かに野営だから危ないのだろうか、と意識が途切れる時に思ったがまぁ何かあったらあっただろうなんて楽観的に考えながら意識は沈んでいった。
馬は昔にサファリパークか牧場辺りで乗った記憶が微にあるけど、生き物大好きな割に猫や鳥だろうとどんな生き物でも触るのが怖くて駄目なので乗った時は緊張してたな…くらいしか思い出せないのですよね笑




