十六話 私は今日ここを追い出される身です。
「お前達も災難だったな。」
そう言って、荷物と親友と共に真面目に修行をし、過ごした門下を破門された私たちは外に追い出されその門は固く閉ざされた。
私は知識を求めて仙師となった。
親友も似た理由だ。
この詩白龍派の宗主の弟である仙師様の一人、誓言三生の名で市井知られるお人。
我らが師尊と仰いだお方。
その方はただ知らぬ事を愛し、知識を求めるお方。
誓いを立てればそれを破るは三生の罪と罰せられる芯の真っ直ぐなお方。
だからこそ、私はそれに振り回されてここを追いやられたのだろう。
「…私たちはいつの間にか自分で考えるのを放棄してた結果なのか。」
親友がポツリとそう呟く。私は自ら思考していたと思っていたがその後に続いた「今思えば、いつの間にか選択を狭められて答えを迫られていた」と。言葉に私も同じかと思った。
そもそもで私たちはどうして、あの美しい歌声を持つ、されるがままの物静かな彼を嫌わなければならなかったのかと思う。
私と親友はその長い階段を降りながら思い返す。
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「冷静歌君にこの薬をこっそりと飲ませるのですか?」
それは蔵書室に籠ってる私の師尊である楊陳翔に食事を運んだ際についでにと頼まれてくれないか?と言われて渡された小瓶を見つめながら尋ねた。
「そうさ、冷静歌君がね、僕は不憫で仕方ないのさ。あの子は何よりも歌うのが好きだっただろう?最近は本当に落ち込んでいるみたいでね。清酒劍士に絡まれても大人しく言われるがままだ。言い返した方も出来ないし、彼はここでは一番の剣の腕前だからね。あの子は術が得意だから殴り合いじゃ勝ち目がない。」
このお方は一を尋ねれば十で言葉を返すお方。何よりも情報量が半端では無い。表情一つ、言葉一つ、行動一つ。全てが合わさって情報は形を成すと言う程だ。このお方の意図を上手く汲み取れるか取れないかを常に試されてる。
だから、私は慎重に言葉を選び、更なる情報を求める。
「それと、この薬がなんの関係が?」
「ふふ、あの子は嫌われ者だからね。それに、僕の事もあの子は好きじゃないし、悲しい事に怖がられてるからね。あの子が悪い事をするから僕はあの子に罰を与えてるだけなのにさ。そんな僕の心配する気持ちも知らず、僕からの薬だと聞いたら飲んでくれないだろう。だから、こっそりと手助けしてあげようって訳さ。協力してくれるね?」
このお方はとても優しい方だ。いつだって清酒劍士が突然と連れてきた奴隷。彼はただ言われるがままに過ごし、その礼とばかりに歌を歌っていた。その歌は誰もが愛す程に美しく、誰もがその歌を聴きたがった。だけどもそれも結丹するまでだ。何年も修行した者達をあっさりと追い越し仙師として才能を開花させる。もとより音に関する才能は特に凄まじく術もどんどんと開花させる。清酒劍士は贔屓する一方で清酒劍士を弟子として可愛がってる宗主も美しく囀る小鳥として目を掛けてる。宗主の弟であるこのお方も彼を気にかけれてるのも事実。こんなに目に掛けてるのにそれには反発してばかりだ。唯一は宗主の言葉聴き師尊をしっかりと建てることはできるぐらいか。
「わかりました。必ずや師尊の御心遣いを届けて見せましょう。」
私は部屋に戻ってどうやってこの薬を彼に気づかれずに飲ませられるか。
「どうしたんだ?」
「あぁ、お前か。師尊がこの薬を冷静歌君にと仰ってな。どうしたら、あのお方が素直に飲んでくださるかと悩んでいたんだ。」
「また、厄介ごとを…。お前は本当にお人好しだな。」
「そんな所をお前は気に入ってくれてるのだろう?」
親友は笑って何か困ったら助けると言ってくれる。彼との出会いはまだここに来たばかりの頃に遡る程昔だ。あの出会いは天恵だったに違いない。
私は早速、我が師尊が気にかける彼にこの薬を飲ませる為に探す事にする。
彼自身、話しかければ普通別に無視をされる訳ではないのは知ってる。寧ろ、無関心なのかと思う程にされるがままだ。私はやり過ぎる周りを見兼ねて何度か苦言を申した事がある。物を強奪したり私欲で暴行など誇り高い仙師のする事じゃない。
「おい、いつもこの時間には冷静歌君が食事を摂る頃だと思うが?」
「ん?あぁ、あの子なら最近は酒飲みの彼といつもの粥を食べてもう出たよ。」
今日の炊事を担当してる者に尋ねるとそう答えられる。その後も探すも彼は見当たらない。よく思えば彼が日々何をしてるのかは詳しくは知らないが見る度に琴を奏でるか、瞑想してるか、誰かと揉めているかだ様に思う。
「はぁ、冷静歌君が見つからない。」
「ん?あぁ、最近はずっと清酒劍士が彼にべったりらしいぞ。」
「そうなのかい?そうなるとこの薬を渡すのは益々難しそうだな。」
「まぁ、清酒劍士は冷静歌君の口にする物を厳しく見てるからな。特にうちの師尊からとなると叩き割られるだろうね。」
そうなると、直接渡すのはきっと難しい。どうしたものかと悩む。悩んで親友に相談してみるとこう答えた。
「今度、厨房当番変わってもらって粥に直接入れたらいいんじゃないか?」
「だが…」
「薬も劣化する。」
そう言われては反論が難しい。師尊にはこっそりと言われてるのだから、本人に認識して飲ませたいと言うのは私のエゴだ。それなら、明日の朝に当番を変わってもらい仕込むのがいいだろう。
そうして、早速明日の当番に話を付けて交代をしてもらう。
そして、朝にその仕込んだ粥を作り終えて、他作業を手伝っているとガシャンと何かが割れる音がした。その音の方へ向かうと喉を押さえて苦しんでる同士と人だかりがあった。
「どうしたんだ!?」
「お前!この粥を作ったのはお前なんだってな!」
何を言って?と思う。すると宗主を師に仰いでいる妹子の先程まで厨房で一緒に作業してた李梦蝶がこう言う。
「私見ましたよ。彼が共同の粥に何か薬を入れるのを。」
その発言に私は驚いて声を上げる。
「違う!私は共同の粥ではなく、冷静歌君の粥を作っていた筈だ!」
「何を言ってるの?冷静歌君の粥はいつも清酒劍士の弟子の誰かが作る決まりなのよ?だから、貴方が作っていたのは共同の粥。それとも、冷静歌君に毒を盛るつもりだったの?」
私は確かに冷静歌君の粥を自分が作ると言って最近は毎日の様に厨房に入ってる李梦蝶に一声を掛けて作り始めた筈だと思いながら、それよりも自分の入れた薬は我が師尊の人を思う気持ちで用意した薬で決して毒ではないはずなのだ。
「違う!私はある方に頼まれて喉に効く薬だからぜひ冷静歌君にと!」
「へぇ、それでその薬を粥に仕込んでこの有様?そのわけの分からない薬を入れるなんて…」
「おやおや?なんの騒ぎだい?」
「急患がいると聞いたけが?」
そうやって言い争っていれば呼ばれたのか師尊と薬老師が現れる。
「急患はこちらです。どうやら皮膚に触れると爛れる様な薬が使われてるようで、口や喉をやられてるみたいです。」
その症状を聞いて驚く、あれは先にも言ったが薬だと聞いていたのにどうしてこんな事に?しかも、その粥が思っていたのと違う人物が食べる始末で更にややこしくなっている。
チラリと師尊の方を伺い見ると目が合う。
「お前、何をしてるだい?僕は悲しいよ。そんな事をするなんて思わなかった。これは僕の監督責任でもあるね。奇しくもどちらも僕の門弟みたいだしこの事は僕に預けて欲しい。処罰や処置も僕が責任を持つよ。」
「そうね、偶然にも貴方の門弟が起こした事だものね。あまり、他の師を仰いでる手前どうしたものかと思ってたのよね。皆んなさんもそれでいいですよね?」
そう、李梦蝶が言うと集まって居た者たちが確かにと同調する。ここの詩白龍蒼派では今宗主を含めて5人の派閥がある。同じ詩白龍蒼派の門下ではあるがそれぞれが支持する派閥が違う言うわけだ。それぞれに特色があり、我が師尊は知を極めていて、知識や情報収集などを得意とし、探索や調査と研究を日々の生業にしてる。今声を上げた李梦蝶は音を極める宗主の門妹で此処が詩白龍蒼派と名に詩と着く理由はそこにある。音に関してはウチの門下が他の門下に比べて飛び抜けている故である。後は清酒劍士などは剣舞を極める派閥にして彼は前任をこの門下の歴史にて最短でその座を手にしたと言われてる。他にも仙術を極める派閥と薬老師率いる医術を極める派閥もある。そして今回、私がこんな事になったきっかけの冷静歌君は宗主の門弟だ。
彼は宗主直下の門弟の中では変わっている。他の門弟達は音楽と言う物をする故が合奏をする姿を見るが冷静歌君は常に一人だ。歌うのも琴を奏でるのも一人。確かに彼は他に比べたら誰よりも上手い故に練習の際に聞こえる音は直ぐに彼の物だと誰しもがわかる程。
だから、誰もがその彼が奏でる音楽を認める。私も彼が奏でる音は好きだ。
冷静歌君の話を戻すが、合奏をしないのは彼が一人自分の音を奢ってらから周りに合わせられないのだと言う説がある。実際誰も冷静歌君と合奏しようとは言わないから真実はわからないが誰とも合奏をしない彼の音はその号に恥じない音だ。だけどその号は同時に他を拒絶する意味も含んでるのを詩白龍蒼派で励む者たちの大半は知っている。知らないのは入門して間もない者達と外部の者たちぐらいだ。
そして、私は今食堂から師尊の部屋に連れられて静かに言われた。
「お前、失敗したんだね。僕はガッカリだよ。」
普段おしゃべりなこの人がだったそれだけの言葉を掛けたのだ。これが何に対する失敗なのかは明白であの薬は間違いなくこのお方が準備したのだろう。
そして、それを冷静歌君に与える事も。
ずっと、盲目的にこのお方に憧れ、その言葉を真っ直ぐに信じていたが最後に言葉の裏と言うモノを私に実際に教えてくださった。
言葉には裏表が当たり前にあり、多くの情報を差し込み聞き手に解釈させて答えを明言しない事で私をこうしてこのお方は良い様に事を進めた。
この方法は相手が良い様に解釈してくれる様な者でないと難しいだろう。それを考えれば私の様に盲目的に慕ってる者は好都合だったのだろう。
「お前の処遇は宗主と話し合ってからの決定だけど、破門も覚悟する様に。それまで謹慎だよ。」
それを聞いた私が思ったのはこれは話すなと言う遠回しな口封じかと理解して、確実に破門されるのだと思った。
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こうして思い返して出た結論を私は口にする。
「なぁ、冷静歌君の歌と琴をもう一度聴きたかったな。」
親友はそれに笑って言う。確かにと。
私たちはこれから仙師として放浪しながらここで得た知識を広めて行くだろう。
そして、詩白龍派には美しき歌声と洗練された琴の音を響かせる冷静歌君と言う仙師が居ると言う事も…。
毒殺未遂を起こした犯人視点での話でした。美鈴は何も起きてないと思ってるだけ裏では色々動いてます。