十四話 何かと難しい事ばかり
早朝、昨日話した通りに王芳は私の部屋に訪れて共に懲罰房へ向かう。
懲罰房のある所は本殿の奥にある岩石沿いの地下に作られた洞窟内にある。入り口は一つで人口の洞窟っぽいが地下水が通っている為に恐らく自然の洞窟に手を加えたぐらいなのだろうか。中はひんやりと寒く、アイちゃんの提案で金丹を利用した体温調節をしてる。しかし、それでも体感は万能ではないらしい。
入り口は一つな癖に見張りは居ないのは何故だろうかと思うと通行許可証がないと入れない仕組みで昨日のウチに王芳がくすねて来たらしい。ついでに朝当番も押し付けて。王芳は些か逞し過ぎないかと思う。もう、役柄変わって欲しい。
と言うか私って朝当番ない気がするのだけど、実は私が知らないだけであるのだろうか。まぁ、言われた時に考えよう。
下へ下へと降りて行けばバチン!バチン!と言う破裂音が聞こえる。それは、まるで鞭打ちを連想させる様な音で微かに人の声も聞こえる。
「…おいおい、今早朝と言うかまだ朝にもなってないぞ…徹夜でやってたのかよ。」
それもそうだ、王芳的に朝を狙ったのは朱願凜以外いない時間を予想しての事だ。様子を見に来て傷が凄い様なら薬をと、更に食事をと言う感じで来ているのだ。
それなのにまだ罰を与えてると言う状況は宜しくない。更には此処は一本道で切り上げられて鉢合わせる可能性もある。牢付近に着けば幾つか牢屋があるから隠れられるかもだが、ここは隠れる場所がない。
「…一か八かで降りるしかないか。」
王芳は性能は低いが目隠しと音消しの札を手渡して一気に下に降りるぞと指示する。
急ぎ目で何とか下まで降りるとまだ破裂音が続いて居るからしばらくは終わりそうにないかも知れないと、朱願凜は平気と冷や汗がでる。
そして隣の牢屋に滑り込んで、旅行先やラブホの宿で悪ふざけで隣のカップルの部屋を壁にコップを当てて聞く様な便利な札。札の便利扱い具合がヤバいな。
普通は貼るなら印を組むなりして使う気がするけどその札を筒状にして壁に耳を当てるのは予想外だった。
耳を早速壁に当ててみるとバチンっ!バチンっ!と乾いた音が鳴り響き、ジャラチャラとそれに合わせ金属が擦れる音がする。
「……ふぁ…ねぇ、君も中々に悲鳴とか上げないね。」
一体誰の声だろうと字幕での判断が難しかったが、ログにはちゃんと名前が付いていた。今は楊陳翔がいるらしい。
「ハッ、僕も眠いからそろそろ辞めても良いけど?」
「はぁ、続けて。」
短い会話の後にまた鞭打ちが始まる。時折り水をかける様なバシャンと言う音も混じる。
息を少し詰める音は聞こえも悲鳴は一切聞こえない。鞭打つ音はかなりだと言うに。
「朱願凜だっけ。お前を守ってくれる人は今いないよ。君が何で兄様の弟子に入り込めたかは記録をもらえなかったから知らない。それに何でお前がやたらと許思浩を構うのかも。アレには全く覚えがない様だし、不思議でね。何?お前の一目惚れだったりするの?」
ケラケラと笑う声がする。あのキャラはやたらと笑うしやたらと喋るキャラで私の中で定着しつつあるなぁと思う。
その笑い声がピタリと止んで舌打ちが聞こえる。
鞭打ちの音はより一層激しくなる。
「お前、少しは可愛げでも見せろ。…爪でも剥ぐか?アレの時は水責めと軽い薬物ぐらいの後に害がないのしか出来ないから何か後が残る方が良いよな。きっと、その方が冷静君も傷付く。アレは根が優しいから、牢屋ではいつも後悔でわんわん泣いて可愛げがある。吊るして薬物をちょいと足すだけで良い見せ物なんだが…どうしたものか。」
「へぇ、悪趣味だ事だ。」
「あぁ、悪趣味だとも。あの子の泣き顔見た事あるかい?虐め甲斐があってとても良いよ。強がりだけど弱い所も良いね。実を言えば胡聯が僕に色々と代価を払って欲しがる理由が知りたくて始めた事だけど、今でも何が魅力かなんて分からない。声に恵まれて音の才能が少しある以外は本当に何も無い。奴隷の時のトラウマに振り回されて、人との関わりも分からない唯の子供。よく結丹まで出来たと思うよ。」
コツコツと一定のリズムで何か指で板を叩く音が響く。きっと苛立つ余りに楊陳翔が椅子の肘掛けか机かを叩いてるのだろうかと想像する。
「あーーーもう、本気で眠いし、苛立つ。冷水浴びせたらもう帰るよ。兄様か誰かが気が付いてくれるまでそこに居なよ。バイバイ。」
ようやく切りやめる様だと慌てて息を潜める。
さっき札で気配を大方消したお陰か全く気付かれる事無くやり過ごせた。
しばらく、様子を見てだいぶ遠ざかったのを見計らって、王芳と示し合わせ、朱願凜のいる牢屋に入る。
牢屋の鍵はかかってなかったのかと言うぐらいにアッサリと外されたからきっとかけ忘れたのだろうと思っておく。
王芳が先行して入り私も入ると中は水場出しなせいか更に寒い。床の水は少し赤みを含んでいて、少し鉄臭い。
「誰だ?もう、戻って来たのか?」
誰かが入って来たのに朱願凜も気が付いたらしく動いたのかチャラと金属音が鳴る。
そちらに目を向けると、天井から伸びる鎖のに両腕を拘束されて足は着くか着かないかの高さに吊るされて、半裸で全体的に裂傷だらけの姿だった。特に酷いのは左肩部分でパックリとまるで何かに斬られた様な傷がある。
「…!?許、師兄…?何故此処に?…李梦蝶!お前が連れて来たのか!!」
「え、あーうん。冷静歌君が貴方の事を酷く心配してたから…。」
朱願凜の驚いた声でハッと唖然としてた私は我に返り、オロオロとしてしまう。
早く降ろさなきゃとか、傷の手当てをしなければと。
「あ、えっと…許師兄、僕は大丈夫です。だから落ち着いて下さい。見た目程酷く無いのです。」
いやいや!絶対嘘でしょ!それで大丈夫って強がりが過ぎると思うのだけど!?あー取り敢えず降ろすのどうしたらどっかに鎖緩めるヤツが…ってあ!あった引っかかるタイプのか!これ外せば下ろせる!あ、アレ?これどう外すの?中々にぎっちりとしてる??
「あーあー、お……私やるから!冷静歌君は朱願凜を受け止めて上げて下さい!」
「いや!自分で着地できますので!!お召し物を汚してしまうので離れて下さい!!」
私がドタバタとし始めたからか二人も釣られてドタバタとする。私を見兼ねた王芳が鎖を外し私は朱願凜に断られてた気もするけど受け止める。直ぐに突き放されてしまったけど。
「いや、何故来たんだ!あ、来たんですか!特に許師兄は来ちゃダメじゃ無いですか!!」
私は喋れないのを忘れてムスッとしながら何故とガッツリ日本語だが口パクする。
「いや!そんな顔しても僕が此処来た意味が無くなるかも知れないじゃないですか!察して下さい!!」
はぁ!?何を察しろって言う訳?知るかそんなの!生憎私は朱願凜の事なんてこれっぽっちも知らないし、面倒事の主軸って言う厄介扱いなのだけど??勝手に庇って勝手に自己犠牲とかちゃんちゃら迷惑だっての!!
「あーあーあー!!此処で怒鳴り合うのはやめよ?睨み合うのもね!!」
「李梦蝶!君も君だ!何故来た?君が優しくて気遣い屋なのは知ってるけどまさか許師兄に声を掛けるなんて…此処を出ても多分今回は誓言三生の独断だから何も言われないだろうが、普通逃したとあれば問題に問われるだろう。僕が捕まった意味がっ…イッタ!?!えっ??」
余りにもごちゃごちゃと言うから思わずイラついて叩く。私の力なんて高々しれてるから少し痛い程度だろうが今は鞭打ちされた後だからだいぶ痛かった様だ。
だけど、知らない。せっかく心配して来たと言うにごちゃごちゃ煩いからだ。自分も自己犠牲したのだからおあいこだ。
「許、師兄…あ、そのえっと…その怒らないで。僕はその…あなたの……あー、その心配で…。」
叩かれて、不機嫌な私の顔を見ると朱願凜は面白いぐらいしどろもどろする。
私はその姿を見て苛つきを減らしたから思い出した様にメモを取り出して“心配と言うならサッサと服を着て此処から出る準備を“と書く。
王芳が一応予備の持ってきて起きたからと服を渡す。王芳の準備の良さは半端ないなぁと感心するばかりだ。乾坤袋の四次元具合も相まって某ロボットの便利ポケットを思わせられる。
朱願凜の傷はアイちゃんが教えてくれた名称で経絡とか言うよく中華系の武術家とかなんかそう言う人達がツボをついてするヤツで止血をしたらしい。何かと便利技だ。
準備も出来たからそそくさとこの懲罰房を出る。
外の空気は洞窟よりも遥かに暖かく心地よかった。後、陽の光万歳と言ったところか。
「阿願はこの後薬老師の所でちゃんと診てもらうんだよ。私は午後は姉師の手伝いをしなきゃいけないからもう行くわ。」
そう言って王芳は出て直ぐにその場を離れて、二人きりにされる。正直、さっきぶん殴ったし、何かよくわからないしで、何かと朱願凜と二人というのは居心地が悪い。何かとよく二人になる事は多い気がするのは気のせいのはず。
「許師兄。今僕といるのを見られると厄介なので僕も失礼します。」
此処で解散なのねと思いつつも引き留める理由も無いから頷くと、あっと何か思い出した様に振り返って言う。
「このしばらくは楊兄弟の師弟子には余り近づかれない様に注意を。」
そんな意味深な言葉を残して今度こそ別れた。
…アイちゃん、さっきの朱願凜の言葉ってどう思う?
【お応えします。有り難く受け止めるべきかと。アイの自動選別で認識できる様にプログラム構築をします。】
私は少しアイちゃんに相談するか迷って結局尋ねるとそう答えが返ってくる。此処に来てから何かと自分で考えるのを放棄気味だったと昨日の出来事で私は酷く反省している。
私は割と後先を考えて動くタイプの様な上手く立ち回れるタイプではない、割と運任せで行き当たりばったりのタイプだ。前世では酷くてコイントスやジャンケンやらで色々を決めて来た事も多い。ブラインド商品は選ばず、手前の物に賭けるとか最初に採れたくじとか色々。とにかく、運がそう向いたらならそれを信じると言う事をする人間だった。悩むのって案外面倒で大変だからルールを設けた方が楽と言う考えだったのもある。それで悪い方向になればそれは運が無かった。良い方向になればそれは運が良かった。大抵、運が良かったと思える事が多いから採用してたのもある。
でも、許思浩はその方法をしていたらダメなのかも知れない。やはり、死亡フラグが立ってると不幸フラグも付属するらしい。サイコロの出目が悪いと言う程に憑依転生して一週間余りだと言うのに色々非現実を目の当たりにされた。
此処が異世界で言葉も通じないし、断りも通じないそんなファンタジーの世界。それも中華系。地理感覚も無ければ、文化理解も薄い。そして、この世界には原作とやらが存在してしまう。原作がある世界だとしても、主人公に関わらない場所の世界観と言う大きな枠の中のでカメラフレームにも描写にも映らないテロップや人工説明に含まれ生まれたモブとして生まれ変わったなら良かっただろうけど、役職持ちなのだから本当に嫌になる。
とぼとぼと歩いているといつの間にか最初に主人公に会った蓮池にたどり着く。前も昼辺りだったから、蓮の花は蕾を閉じ始めてる。
ねぇ、アイちゃん。蓮の花の時期っていつなの?
【お応えします。日本の暦では夏の花で六月の中旬から八月の上旬。そして蓮根の収穫時期はそらから先の十月から十二月になります。因みに実は花が咲いてから三週間程が収穫時期だそうです。】
へぇ、蓮ってそう考えると半年は時期って言えるのかと感心する。六月から夏の間は花を楽しめて、それから実を楽しんで、最後には蓮根を。また長居冬を越してと繰り返す凄い花だったのだなぁと思った。ただ、綺麗な花で花言葉が清らかな心とか神聖と言ったものだし、何気に仏像や桃源郷には蓮が描かれてる神聖な花のイメージもある花でただ綺麗だなぁと思ってただけだ。正直、蓮も睡蓮を混同してた時期もあった。
それを考えるとこうしてじっくりとこの花を眺める機会など無かったのだなぁと思う。
初日にこの世界を楽しもうなんて思ったけど、案外難しいなぁとぼんやりとその風景を眺めて思った。
割とBL要素が少な目なのでこれから頑張って増やしたいと思う日々です。