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九話 あの声は誰だったのか

 真っ暗な夢の中で誰かが何かを言ってる。けれど、それが私に伝わる事はない。

 止まないその声は優しく響いているから心地が良くって静かに聴いているとそれが異国の歌なのに気が付いた。しばらくして歌は終わりを迎えたのかピタリと止んだ。


「みすず。」


 歌が止んでしばらくして、片言に名前を呼ぶ声が聞こえた。


 目を開けるとボヤけた視界が一瞬誰かが微笑んだのを捉えた後にその人の手が私の視界を遮って顔を隠した。目の前に現れた手はまるで視線を誘導する様に光の方を指さした。

 そちらに目を向けると視界が一気に開ける。


 視界には眩しいほどに光が飛び込んで一瞬視界が白んだが目が慣れると見知らぬ天井が見えた。

 私は何処だろうかと思うと意識が無くなる直前までの事がフラッシュバックして吐き気と恐怖が込み上げてカバリと起き上がり吐き気を抑え込もうとする。

 すると誰かの声がして桶を目の前に差し出されて背中を摩られると抑えようとした吐き気は流石に我慢ができずに、差し出されたそれを抱えて吐いた。

 一通り吐くと水を差し出されてそれで口を濯ぐ。その後にもう一杯新しい水を渡されて桶は直ぐに回収された。


 水を飲むとようやく落ち着いて、さっきから世話をしてくれるのは誰だろうと横を向く。

 そこに居たのは少女。そう王芳の宿る少女の李梦蝶だった。


 そこでようやく追えてなかった字幕のログがあるのを思い出して、その訳された最新の言葉を見る。

 翻訳さていた内容は優しく励ます言葉が並んでいた。相当心配させたのだと思って、また「大丈夫か?」と声を掛けてくれた彼女の手を取ってその手のひらに私にも書ける“謝謝“と書くと「落ち着いたみたいだな」と笑ってくれた。


「早速確認だが、お前は綾咲だよな?」


 何故そんな事を聞くのだろうと疑問に思いながら私はこくりと頷く。


「…そうか。それじゃあ、琴を弾いたのはお前か?」


 私は何のことか分からずに首を傾げる。その反応を見た王芳はやっぱりと言う。

 私はあの状況が耐えられなて意識を失ったのではないかと思うが、意識を失う前に誰かの声がして……ん?さっき起きる時も同じ声がした気がする事を思い出して、アレは誰の声だったのかと首を捻る。


「じゃあ、許思浩と綾咲は会話が出来るか?」


 私は何を言ってるのかと少し困惑する。

 会話が出来るなら是非とも色々教えて欲しいものだ。


「…そうだよな。普通は一つの体に霊魂が二つも三つも宿ってたらもっとなんかあるだろうしな。」


 まぁ、今はいい。現状を教える方が先だし、そろそろ主人公様も戻ってくると言って、現状の説明をしてくれる。

 何でも、今は夜が明けた正午辺りで約半日も目が覚めなかったらしい。

 そして、鬼姫は取り逃したがここでの事件は解決して、朝方に後始末を終えて休憩のちに各自に報告会をしてるらしい。私と王芳の報告分は朱願凜が引き受けてくれている為に今はここに居ないという事と王芳は私の看病を引き受けてくれていたらしい。


「はぁ、にしてもお前って許思浩になったのって最近なの?」


 メモやら荷物関連に寝巻きからそろそろ着替えた方が良いと言われて着替え終われば、そんな事を聞かれた。

 私はコクリと頷くとハァ…と溜め息を吐かれる。


「アレが初陣なら仕方ないな。俺も初めて屍を見た時は本気で怖かったし。まぁ、流石に麻痺してきたけど未だに剣術とか仙術なんかは修行の身だからな。しばらく、夢見が悪いなら香とか漢方に頼れよ。」


 心配げにいう王芳に何度礼を言えば良いのかと思う。妹にこの作品を勧められたと言っていた事を思い出して、あぁ、世話焼きの兄だったのかと納得する。

 生憎の私は一人っ子だったからそう言うのはただの微笑ましい他人事だったし、今もそれは変わらない。


 会話が途切れたタイミングで部屋の扉が開いて、朱願凜が入ってくる。


「あぁ、良かった。目が覚めたんですね。」


 安堵の笑みを浮かべて言った朱願凜に私はコクリと頷ずく。


「阿蝶も僕がやるって言ったことなのに手伝ってくれて感謝してるよ。」


「別に良いのよ。私も一緒にいたのだもの。それくらいはやるわ。慣れてるもの。」


 朱願凜はクスクスと素直じゃないね。と笑ってこちらに近づいて、「許師兄、お手を少し失礼します。」と私の手首を掴んで脈を測る様にされる。


 こ、これは、霊脈を測って相手の体調確認したり、身体に触れて霊力を送ったりする、このジャンルでよく見かける過保護な攻め様が愛しい受けちゃんにやるヤツでは!?逆も然りだけど!?寧ろこれでテンション上がって脈が上がってしまう!!鎮まれ私っ!!!って君らってそう言う関係じゃないんでしょうに!!勘違いするでしょうが!!


 心の中で騒がしくしてると「平気みたいですね。」微笑んだからまたしても私の思考はフル回転だ。

 顔がいい人間に微笑まれて見ろ。平常心保つ方が難しいぞ。


「許師兄、この後一つ程の時間には宿を出発する事になるのでご準備を。今回の鬼姫の件の話は僕のだけで十分だと言われたので報告は平気だと仰せつかりました。阿蝶もね。だから君も許師兄が目覚めた事だし、身支度の時間もない。自分の事をしておいでよ。」


「うん、そうするわ。阿願は部屋に戻らなくていいの?」


「ん?戻るよ。師兄も大丈夫そうだし、伝える事を君たちに伝える為に来たのだしね。身支度が出来てないのは僕もそうだから。」


 本当に目覚めたかの確認と連絡を伝えただけらしく、そんな朱願凜の反応に王芳も違和感があるのか微妙な反応だったが何を問いかけるべきかわからなかった。それは王芳も同じようで何もそれ以上は言わずに二人は部屋を出て行った。


 部屋に一人になったが私も身支度はしなければ帰るに帰れない。それに考える時間はこの後の帰り道で十分あるだろうと思う。


 アイちゃん、身支度のリスト出してくれると嬉しいのだけど?


 私はいつも通りにアイちゃんを頼ろうと問いかける。少し時間を置いてリストが無音で表示される。

 それに違和感を感じてアイちゃん?と問いかけると今度はちゃんと音声が聞こえる。


【…何でしょう。】


 え、いや…なんかいつもと違う感じだからどうしたのかなって…。


【何も変わりません。】


 いやいやいや!?!だいぶ可笑しいと思うけど!?何というか冷たいと言うか…これは怒ってるのではと思う程だ。


 アイちゃん、怒ってる?


【アイには未だに感情を解析できないので、怒ってると言うことへの返答は出来かねます。】


 んぐぐ、確かにアイちゃんはオペレーターみたいだからつい勘違いするけど、この子はAIだった。アイちゃんはボトムアップ型の様に初めからコミュニケーションがしやすかったからもしかしたら誰かをサンプルに作られてると言われる方しっくりくる気がするけど…現実的な型のAIじゃないのも事実だから、トップダウン型のAIだろうけど…。


 アイちゃん、何か私間違えた?


【……非推奨の選択をした事がそれに該当。】


 非推奨の選択……?あ、あぁ…あの恐怖に駆られた時のか。あの時確かに知らない声がした後に直ぐに“いいえ”を選択しろとか言ってたっけ。それなのに私は確かに“はい”って選択したからか。


【あの選択は危険度が高い為の判断でした。後、アイの機能のみで解決可能でした。】


 あの時は本当にパニックになってたから、つい藁にも縋る気持ちだったし、声もとても優しげだったから平気だろうって変な安心感が……。でも、アイちゃんの判断では危険行為だった訳で…はぁ……成る程。意識がちゃんと戻る保障もなかったし、気を失った訳だだからなぁ…。

 そこで不意に疑問が浮かぶ。あの時は屍に囲まれていて王芳はも同じ状況だし、朱願凜は私の所為で手負いの中で鬼姫と渡り合っていたはず…。気を失ったのに私は無傷。それじゃあ、一体その後どうなったのだろうも思う。


 アイちゃん、私は気を失ったけど…その後何で鬼姫達は引いたの?


【お応えします。身体の主導権が失われた為、アイと美鈴には認知出来ませんでした。なので詳細は一切不明。】


 えっと…それじゃあ、あの声と許思浩って書いてあったチャットのタブは何かとか解る?


【お応えします。バグと推察されます。】


 バグ?それは所謂バグ技的なものか?益々ゲームチックな……。そう言えば前にアイちゃん自身にエラーがあるとかでデバッグを勧められたからバグがあっても可笑しくはないけどさ……。

 あの声はあのタブに書かれていた通りに許思浩なのだろうか。それに夢でも同じ声の優しい歌とその声で名前を呼ばれて起こされた気がする。あの視界を遮った手はこの今目の前にある手と同じ指の皮は厚いが骨張った細い男の手だったなと思う。


 許思浩の身体に許思浩の意識が残ってる。それは一つの体は二つの意識が保っていられるものだろうか。

 もし、許思浩の意識がちゃんとあったとして今回みたいな事がまた起きたら次はもう目覚められないかも知れない。だから、アイちゃんは“いいえ“を選択しろと言ったのかと肝が冷える。

 あの声がどんなに優しくても、あの歌がどんなに心地良かったとしても意思疎通もできてないし、何が目的かもわからない以上は次はもう少し警戒したほうがいいのかも知れない。

 それに早くデバッグして原因を突き止められる様にしないと…。


 ハァ…と溜め息を吐いてしまう。余計な事を考えてしまいそうになるも、アイちゃんが気を利かせた様に荷造りをと急かすから今はそれに集中しようと少ない荷物をまとめた。

 まとめ終えて、馬舎の方に同じ門弟たちが集まっているなとそちらに向かうと腕を掴まれた。

 覚えがある掴まれ方だと思い嫌々見れば、案の定私の苦手とする胡悠天だった。


「…あの餓鬼は連れてないみたいだなぁ。」


 相変わらず酒臭く、乱暴な男だと思う。何故こんな強引な男ってのがBL界隈や乙女ゲーム界隈にはテンプレでいるのだろうか。いや、私も確かに食い物にていたけれどね。本当主人公って男女問わず心が海…いや宇宙レベルで寛大だと思う。この主人公は性格苦手ってキャラもいるけど…それは読み慣れればなんとかなるのは他人事だからこそ美味しいのだ。

 しかし、私の今は現実で実害が伴う。これを喜べる世の中に存在する全ての同じ境遇者や転生者にトリップさせられた主人公達の先見者達よ。私はとてもじゃないけど荷が重いよ。


 現実逃避してるうちに腕は引っ張られてあれよかれよと連れてかれて今は大人しく彼の馬に乗せられてる。唯一いいのは朱願凜と違ってお互い同等の体付きでまだ少年の体付きで少し安定感が心許なかったが、胡悠天はそれに比べて成人の体付きだし、がたいも良く、筋肉質だ。それに酒を飲んだくれてる癖に重心がブレる事がない。安定感が半端ない。


「許師兄?許師兄?何処ですか?」


 馬に乗ってしばらくすると朱願凜の声が聞こえる。それに気がつくと目が合い、安心した様に近づいてきて、拱手をした。


「許師兄、胡師兄の所にいらっしゃったのですね。」


「……またか。この夜狩りの間コイツにずっと付き纏ってたらしいな。」


「えぇ、ご一緒させていただきました。とても、学ぶ事が多かったです。特に琴の音色はとても。」


 にっこりと私に微笑みを向けられて思わず、目に毒なのと覚えがない気不味さがあって目を逸らす。

 どうやら、王芳も琴がどうのと濁して言っていたが気を失ってる時に琴を使ってた様だ。あの状況で琴なんて弾いて役に立てるのか?全く想像が付かない。


「ふん、コイツの音術はそんじょそこらのとは違うからな。コイツの助力を受けて怪我をするなんて修行が足りないんじゃねぇか?」


「えぇ、お恥ずかしい。まだ、修為も高くないので僕が油断した結果です。」


 …それは私の所為の怪我だ。思わずその記憶が蘇って、吐き気が込み上げて来そうになる。だけど、目が覚めた時に散々吐いたから吐く物なんてないからなんとか取り繕う。


「…謙虚も程々にな。」


「貴方にはまだ勝てないので謙虚でもありませんよ。」


 上から見てるし、朱願凜は余り顔を上には上げてない為イマイチ表情が見づらいが何処か暗い声色だった。


「許師兄、僕はこの怪我なので行きの様に同乗するのは危険なのでも言うのを伝えたく探していました。胡師兄に乗せて頂けてる様で安心しました。それでは失礼します。」


 どうやら、行きの時の事を気にして探してくれていた様だ。と言うか、なんか起きてからの朱願凜の様子が少し距離と言うか何かあっさり?してると言うのだろうか。出会った時から違和感の塊でしかないが。

 それか、怪我が余程酷いのだろうか。


「チッ、お前が気にする事じゃねぇよ。アイツ俺が昨日お前にやった薬くすねてるだろうしな。抜け目のねぇ奴だ。何を考えてるかなんてしれたもんじゃねぇ。気を付けろ。」


 そう言って、お前はまだ霊力が戻ってないなら寝てろと言われる。確かにとても身体は怠いし、起きてると考えなくていい事も考えるだろう。眠るのは何故か不思議と怖くないのは何故かはわからないが夢を見る事はない事だけは解る。

 胡悠天に今は背を預けて、その馬の手綱を持った腕はしっかりと私の両脇を支えてる。眠ってしまってもきっと平気だろうと思えるぐらいで、その酒臭いのが少し不満だが、身体の熱は暖かくて馬に揺られ始めたらあっという間だった。


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