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"部屋の主がいなくなった"

朝方、何時ものように椿を起こしにきた女房が気付き、屋敷は騒然とする。

また逃げ出したのかと、探しに人を出そうとした椿の父 藤原長良は文机に置いてある1通の文を認めた。


~~~~~

父上


親不孝な娘でごめんなさい。

椿は、ただ一人の愛する人とこれから生きてまいりたいのです。

我が身がの罪深さを忘れぬため、父上に頂いた扇は持っていきます。


椿

~~~~~


別れの文には随分と短いそれは所々濡れているような痕がある。


長良は涙を流しながら、娘を探すために人を出した。

何故なら娘を妻にと望むその人は自分よりも力のある家だからだ。


(椿、すまぬ)


長良のもとに椿が見つかったという報せが届いたのはその日の夕方。

京の北に位置する船岡山の崩れた廃屋の中。

正しくは、椿が書いたと思われる文と、持っていった扇が見つかったのだ。


文は酷く荒れた字で殴り書かれていた。


~~~~~

あの方は鬼に食べられてしまった。

私が不相応なことを願ってしまったせいで、神様かお怒りなのかもしれない。

ああもう時間がない。

もうすぐ私も露と消えるのでしょう。

~~~~~


こうして、藤原長良の娘 椿と、その想い人は二度と帰ってくることはなかった。

長良はせめてもの娘への餞として、屋敷をあげて盛大に弔ったという。





―――――――

時は遡る。


「は?心中って…」


椿は愕然とした。

望まない結婚をしなくてはいけないとしても、椿は自ら命を絶つなど考えたことがなかった。


(だって絶対痛いもの!)


冗談はやめてよ、と視線で訴えると、業平は笑みを深めたまま床に波打つ黒髪を掬い上げる。


「勿論本当に命を絶とうと言っているわけではないよ」

「?」

「芝居をしよう」

「芝居?」

「そう」


肯定しながら、業平はすっかり抵抗をやめた椿を抱き起こした。

そしてそのまま腕の中に囲い込む。


「どんなに力のある人であろうと、死んだ人間を蘇らせることはできない」


愛し合う二人は家を飛び出し、駆け落ちするが、

その先で魑魅魍魎に喰われてしまい、帰らぬ人となる。


「ち、魑魅魍魎って…」


元現代っ子の椿は、非科学的な内容に困惑する。


(そんな話が通用するわけない…)


「大丈夫、そんなものはいない。だが居ないものを証明することは難しいだろう?体裁を整える、そのための芝居なんだよ」

「体裁…」

「ね?良い案だろう?わたしと"心中"するというのは」


たしかに望まない結婚から逃げられる、というのは魅力的ではある。しかし…


「逃げた先で、どうするの?」

「京よりすこし離れたところに屋敷を用意している。そこで一緒に暮らそう?」

「でも私、業平様とは…」

「女性とは全て別れた。わたしには君だけ。それでもわたしが嫌?」

「ええと、でも…」

「わたしは君を愛おしく思っている。一人の女性として、愛したい」


抱き締めるような格好からそっと体を放して、鼻が触れ合うほどの距離で見つめられる。

椿は赤面した。


「嫌だと言われても、その時は拐っていくだけだけれど…出来るなら同意してほしいな」

「な、業平様」

「今は望まぬ結婚から逃げ出すために利用してくれれば良い。そのうち、必ず好きだと言わせてみせるから」


業平が椿の唇を撫でる。


「ね、わたしと共に来てくれるだろう?」


両頬を包みまれている状態のせいで、逃げることもできない。


「ふふ、耳まで真っ赤だね」

「…灯りが照らしているからよ」

「そう?そのわりには灯りの置いてない方も赤く見えるけど、きっと見間違いかな?」

「………」


椿は無言で業平の胸を両手で押して離れようとするが、頬に手が添えられているだけのはずなのにびくともしない。


「…業平様のせいなのに」

「ん?」

「顔が赤くなるのも、心臓が痛いくらい早くなるのも、全部業平様のせいなのに!」


恥ずかしさで目が潤む。

椿がキッと睨み付けると、業平は少し驚いた顔をして息をのんだ。


「悪かったよ、機嫌を直して?」


瞳が甘く蕩けるように細められ、口元には笑みが浮かぶ。

業平の纏う凄絶な色気に椿は目が離せなくなった。

そして。


「ほら、椿()


頷いて?

名前を呼び捨てにされて、椿はとうとう陥落した。



「これで大丈夫なの?業平様」


文を書き終えた椿は濡らした指先から水滴を文に落としていた。


「さて、どうかな?」


椿を後ろから抱き込むようにしていた業平はくすりと笑う。


さて、そろそろ行こう

そう言うと、袿姿の椿は抱き上げられるようにして業平によって運ばれていた。


「な、業平様、私自分で歩け――」

「しっ!黙って。屋敷の者に美しい姫を拐ったことがばれてしまう」


先程、心中しようと暗い目をして笑っていたなどとは思えないほど、いたずらっぽく笑みを浮かべる。


(今日は可笑しい。イケメンは好きにならないって決めたのに、笑顔をみるだけでドキドキしてしまうなんて)


悔しさと恥ずかしさでぎゅうっと抱きつくと、耳元でくすりと笑う声がする。


「そのまましっかり抱きついているんだ。ふふ、そう、良い子だね」


辿り着いた廃屋で書き殴るように急いで文を書く。

持ってきた扇も近くに置いて、これで近い内に父が気づくだろう。




こうして二人はお互いの望みを叶えて、幸せになった。

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