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あれから6年の月日が経ち、椿も13となった。

幼く可愛らしい顔立ちだったのが、ほんの少し大人の雰囲気を纏うようになった。


その夜2日ぶりに訪ねてきた業平に椿は言った。


「業平様、私ももうすぐ裳着(もぎ)をするんですって」

「おや、出会った頃はこんなにも小さかったのに、いやはや月日というのは早いものだね」


裳着は女子の成人の儀だ。

つまり、結婚が認められてしまう年齢になってしまうのだ。

ぶすくれた椿の頭をよしよしと撫でながら、業平は苦笑する。


「黙って澄ました顔をしていれば、高子様にも引けをとらぬ美しさなのだから、そのように頬を膨らませるのはやめなさい」

「嫌よ、その程度で寄り付かなくなる殿方なんて。それに私は出家するのが夢なんだから」

「出家?なぜそのような…」


初めて聞いたと、業平は目を丸くした。


「私、ふらふら花から花へ飛び回るような浮わついた殿方は嫌いなの」

「おや、耳が痛いね」

「…業平様のことは最初は好きじゃなかったけど、今はちゃんと感謝してるわ。手習いも、和歌(うた)も全部教えてもらったもの!おかげで気の多い殿方からの恋文にも()()()返せているのよ」


得意気に胸をそらしてこたえると、業平は頭が痛いというように眉間を押さえる。


「お転婆も過ぎると本当に相手がいなくなるよ」

「それが狙いだからいいのよ」


椿がつんとそっぽを向くと、しょうがない、というように業平は溜め息をついた。


「では、もしものときは、わたしが貰ってあげよう」


同性ですら見惚れるであろう美貌を惜しげもなく使って微笑む業平に、椿は陥落…するわけがなかった。


「業平様は嫌」


何度も言うが、椿はイケメン嫌い。

正攻法は通じない。


「業平様、私のお話ちゃんと聞いてた?」


椿は腰に手を当てて言う。


「沢山の女性と関係を持つ方は嫌と言ったのよ、それからお話をちゃんと聞いてくれない人も駄目」


どうしてここで業平がでてくるのだ、と言わんばかりの表情に、業平はふうん、と面白くなさそうに相槌をうった。


「業平様?」

「ん?いや、なんでもないよ」


怪訝そうに呼び掛ける椿に、ぱっと雰囲気を霧散させた。


「そういうわけだから、こうやって対面してお会いするのはこれで最後ね」

「ああ、そうか…では、これはわたしから」


差し出されたのは綺麗な薄紅の躑躅(つつじ)だった。


「こうして君の髪に直接飾ることができるのも最後だね」


そっと耳に挟むように躑躅の花をさされて、そわそわしていると、苦笑とともに鏡が渡される。

それを見て、椿は花開くように破顔した。


「ありがとう、業平様!とっても綺麗ね!」


ごく稀な椿の心からの笑顔に、業平も嬉しそうに微笑んだ。


―――――――

裳着を終えて、これからは顔を見られても許されるのは夫となる人のみ。

椿の美しさはどこからか噂となり、訪ねてくる人も多い。

けれどほとんどは御簾越しに会うこともせず、お引き取りを願うのだった。

どうしても断れない場合は御簾の内からてきとうな相槌を打つのみ。


最初は照れているのだとか初々しいと思われていた行動も、2年が経つと評価も変わる。

15になった椿に、お高く止まっているとか、可愛げのないとか、女としては良くない噂も立ち始める。

そんな中、業平は変わらず2、3日に一度のペースで会いに来た。


そんなある日。


「こんばんは、椿殿」

「まぁ業平様、またいらっしゃったの?」


こんな憎まれ口も業平にしか言わない。

椿にとって業平はそれほど気安い、例えるなら兄のような存在となっていた。


「わたしの小さな姫君にお会いしたくなって」

「あら、ご冗談を。お噂は届いているのよ?また()を手折ったとか」

「嫌だな、手折るだなんて」


そんなことより、と切り出した業平の雰囲気が変わる。


「どうやら君に、縁談の話があると聞いたのだけれど」

「……なんで知ってるの」

「それもなかなかの浮き名を流しているお方だ。君は、そんな男は嫌だと言っていなかった?」

「な、業平様には関係ないでしょ」


御簾越しではあるが、初めて聞く業平の険を含んだ声音に椿は少しだけ震えた。

それを誤魔化そうとして、思っていたよりも強い言葉が出て後悔する。


「…関係ない、ね」


ぼそりと小さく反復される。


「業平様…?」

「では、関係を作ってしまおうか?」


ギシっと床板を踏む音とともに御簾が乱暴に捲りあげられ、2年ぶりにその顔をはっきりと見る。

少し呆然としてしまったが、すぐに我に返って着物の袖で顔を隠す。


(夫になる人にしか顔を見せてはいけないって…)


「昔はあんなに笑いかけてくれたのに、もうわたしを見てはくれないんだね」

「昔とは違うじゃない!成人した後は顔を見せたらいけないって――きゃあ!」


顔を隠していた手を引っ張られて、床に押し倒されるように拘束される。暴れる足はそのまま体重をかけて抑え込まれ、両手は大きな片手で難なく纏められた。


「なり、ひら様…?」

「ああ、紅を差しているんだね。とても美しいよ。…一体、誰のための装いかな?」


空いているもう片方の手でそっと頬を撫でられる。


(怖い……)


いつもの兄とは全く別の、初めてみる表情に椿は心臓が今までにないほど早鐘を打つのを感じる。

これは恐怖か、それとも別の――?


「本当は、君もこの縁談に乗り気なんじゃないのか?」


冷たく見下ろされ、椿は唇をかんだ。


「黙っていたらわからないよ」

「…仕方がないじゃない、お父様が勝手に決めてしまったのだから」

「出家はどうしたの?」

「しようとしたわ!でも部屋を抜け出す度にすぐに見つかってしまうんだもの」


木登り、塀登り、全て行って屋敷を飛び出そうとしたが、ばれて見つかる。

見つかって逃げても、日頃の運動不足ですぐに連れ戻される。

その繰り返しだった。


「逃げられないもの」


一人を愛し、愛されたいだけなのに。


そう呟いたとき、ぼろりと涙が溢れた。

見られたくなくて、顔を覆いたいけれど両手は拘束されて動かせない。

椿はせめてもの抵抗に首を横に向けることで涙を隠そうとした。


「なら、わたしと逃げ出そうか」

「え?」


驚いて思わず視線を向けると、黒曜石のような瞳が椿を射抜いていた。


「姫、いいだろう?」


あまりの近さに、椿は肌が粟立つのを感じた。


「放してください、業平様」

「頷いてくれたなら、すぐにでも」


頬に添えられた手のせいで顔を反らすこともできない。

うっそりと笑みを深めた業平はそのまま顔を近づけ、耳元で囁いた。


「わたしと"心中"しよう?」

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