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この時代のお話や和歌は"君の事が好きだけどさよなら"というのが多い気がして、ハッピーエンド主義の筆者としては「ぐぬぬ...」と思っていました。勿論伝えられているエピソードも好きですが、今回はその"切なもどかしさ"を発散するべく、このように形にしてみた次第です。

どうか優しい目で見守っていただけると嬉しいです。

※このお話はフィクションと妄想の塊です。

(一体どうして、こんなことになっているのか)


視界の端に艶やかな黒髪がちらつく。

昼間はきっちりと結われて、隙もないほどなのに。


「姫?いいだろう?」


大きな手に両手を固定されて身動きも儘ならない。

ぐっと顔を近付けてくる男。

堅い床に押し倒されたような格好が恥ずかしい。


「放してください、業平(なりひら)様」

「頷いてくれたなら、すぐにでも」


この男は、何を考えているのか。


「ね?姫、わたしと"心中"しよう?」


―――――――

須和 椿(すわ つばき)、16歳。

それは高校1年生になった年の冬休み。

付き合っていた学内1のイケメンに浮気をされ、別れを言い捨てた帰り道だった。

雪道でスリップした車が歩道に乗り上げ、巻き込まれた私はそのまま意識を失った。

覚えているのは、急速に体から熱が奪われるような感覚と真っ白な雪を染める、一面の赤。


そして気が付けば、私は平安の都(ここ)で生を受けていた。


母は後ろだてのない下級貴族の娘だった。

美しさだけが取り柄の、世間知らずのお嬢様。

父は藤原のなんとか、という人だ。

正直、社会全般が壊滅的な私には到底覚えられない。

とても身分の高い人のようで、優しい人だと思う。

()()()()()()時は、普段そうそうお目にかかれない高級な砂糖菓子もくれるし。

ただ、どうしても許せないことがある。

母の他に本命がいたのだ。いわゆる正妻さん?


思えば昔から女癖の悪い男にばかり縁があった。

今世でも縁がきれないとは。

平安時代では普通のこと、むしろ恋は嗜みとも言われているようだし、仕方がないのかもしれないけど。


(私は絶対嫌!浮気、ダメ、絶対!)


他に女を作る男と結婚するくらいなら、しないほうがまし!

いつかは尼にでもなってやる!と幼心に誓ったものだ。


そんな椿の生活が一変したのは、母が帰らぬ人になってからだった。


椿が5つの時のある夜の話。

屋敷の中が火を消したように暗い。もちろん比喩だ。

火はついているし、いや、ついていても暗いのには変わらないけれど。

雰囲気的に暗い、ということだ。


「姫様、お可哀想に…」


育ててくれた乳母が泣きながら母の死を報せる。


(可哀想、なんだろうか)


思い返せば、母と一緒に過ごした記憶があまりない。

人が亡くなるのは悲しいが、その程度だった。


「椿には年の近い異母姉がいるんだよ」


頼る人がいなくなった椿を迎えに来た父が、牛車のなかで話してくれたのはこれからお世話になる家族のこと。

なるべく目立たなく、波風を立てないように。

それだけを守ろうと心に決めた。


―――――――

「あなたが"椿"ね」


すました顔は冷たさを感じるもののとても綺麗な()()だった。

髪の毛もつやつやで、これはモテるだろうな、と椿は思う。


(年が近いなんてウソじゃん!)


どうみても椿より10は上だ。

動揺を隠しながら、椿は笑顔を作った。


「よろしくおねがいいたします、高子(たかいこ)さま」

「下級貴族の娘が(わたくし)の名前を馴れ馴れしく呼ぶんじゃないわよ」


(さて、どうしよう)


初っぱなから間違えてしまったと反省していると、高子は再び口を開いた。


「…姉上と呼びなさい」


ツンとそっぽを向いたまま言われて、その耳は少しだけ赤くて。


(なるほど、これがツンデレか)


はい、あねうえ!と答えながら椿は一瞬でこの姉が大好きになった。


それからというもの、高子は何かと椿を構った。

その甲斐あって、椿は今や立派なシスコンと化している。


高子が18、椿が7つの時に、高子は五節舞姫に選ばれた。

将来の后妃候補となったことを意味する、らしい。


らしいというのは、椿はそういったことには全く興味がないからである。


(舞姫の衣装で着飾られた姉上は、天女のように美しい)


高子は帝の妻になることを目標としていたし、望みが叶うのであれば椿に文句はない。

むしろ高子の美しい姿を目に納めることに精一杯だった。


だが、そこで大好きな姉に、鬱陶しい殿方()がつくなど、思いもよらなかったのである。


―――――――

「はぁ、懲りないわね」


五節舞が終わり、ある殿方からの恋文がくるようになった。

今日も流すように読んだ高子は溜め息をついていた。


「あねうえ?どうされたのですか?」


ぴらりと渡された恋文に目を向ける。

そして椿は目を見開いた。


(…よ、読めない)


ミミズのような字。何を書いてあるかさえ全く予想がつかない椿は、むむむと難しい顔をする。


「…椿、あなたまさか…」


読めないなんて、言うんじゃないでしょうね?

にっこりと笑う姉に椿は、てへっと舌を出した。


高子にこってり怒られ、椿はしょんぼりと自室に戻る


『読み書きは貴族の基本でしょう!今まで一体何を習っていたの?!』


(そんなこと言われても、筆なんて使えないし、結婚する気もないから必要ないと思っていたんだもん…)


文の内容は教えてもらえなかった。

曰く、勉強して読めるようになりなさい。と


えぐえぐと泣いていると、見かねた女房が内容を教えてくれた。


『吹く風に 我が身をなさば 玉簾 暇求めつつ 入るべきものを』


意味を聞いて椿は憤慨した。


―わたしが風だったならば、貴女の元へ簾の隙間から入っていけるのに


(なんちゅー破廉恥なものを姉上に…)


「…あねうえは、なんておかえしになったの?」


業平様からこんな文を貰ってみたいわーなんてうっとりしている女房に聞く。

こんな破廉恥男に姉上をあげられるわけない!と焦るが答えを聞いて安堵する。むしろ感動した。


『とりとめぬ 風にはありとも 玉簾 たが許さばか 暇求むべき』


―あなたが誰も捕まえられない風だったとして、簾の隙間から入ることを誰が許すというのでしょう


(姉上、かっこいい…)


安心したところで、椿は字の勉強をする。

問題の文は勉学のためと高子から借りてきた。(字はとても綺麗らしい)


(読めるようになった暁には燃やしてやろうか)


なんて物騒なことを考えていたある日の夜。

この日も文字の読み書きをできるようになるべく必死に教書と文をみながら練習していた時。


カタン、と部屋の外で物音が聞こえて椿は御簾をあげて外を窺う。


「だれ?」


暗闇のなか見えるのは大きな衣と背中。

振り返った男の顔は見えない。


(暴漢?)


叫んでやろうかと大きく息を吸ったとき。

男がさっと近より、口を塞がれる。


「んー!むむー!」

「おや、お転婆なお姫様だ。危害を加えるつもりはないよ、静かにしてもらえるかな?」


頷き、油断したところで口元にある手を噛むことで、拘束を逃れる。


「っい!!」


室内の灯りで男の顔が露になる。

イケメンだ。

つまり、要注意人物。


きっと睨み付けて、何者か問いただそうとしたとき。

一陣の風が、文机においていた破廉恥男からの恋文をふわりと巻き上げる。

足元に落ちたその文を見た男は、おや、と声を出した。


「美しき天女殿に送った文じゃないか」


(こ、い、つ、か!)


やっぱり要注意人物だった!

と椿は怒りのままに口を開いた。


「あなたが、あねうえに いろめをつかってる とのがた だったのね!」


姉上が、天女のごとき…いえ天女さえも眩むほどの、美しさと優しさをを兼ね備えている、という点には深く共感するわ。でも、姉上は駄目よ、帝の妻になるのが、夢だったんだから!


という内容を、いささか舌足らずではあるが伝えきった。


業平は、ふぅん…と考え込むように顎に手をおき、ちらりと文机に目を向ける。そして男はにこりと笑みを見せる。


「…小さな姫君、君の名前は?」

「……」


答えるものかと口をつぐむと、にやりと嫌な笑みに変える。


「教えてもらえないなら仕方がない、やはりここは天女殿のもとへ…」

「つばき、よ!」

「美しい名前だね、椿殿。わたしは…」

「しってるわ。ありわらの なりひらさま、でしょう?にょうぼう達がずっと うわさしてるもの」


むすっとしながら答えると、業平は面白そうに喉で笑った。


「機嫌を直して?お詫びに手習いを教えてあげるから」


さあ、おいで。と膝を叩く業平を無視して、椿は少し距離をとって隣に座った。

そんな椿を微笑ましく見ながらも、業平は筆をとった。


「いいかい?これは…」


(む…悔しいけど、わかりやすい)


このようにして、椿と業平の数日おきの夜毎の逢瀬は始まったのだった。


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