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蜘蛛子の独白

いつの間にか、ブックマークが百を超えていた。

それだけの人が読んでくれると思うと嬉しいですね。

 ワタシの御主人は、変な人間だ。


 ワタシたちと人間は、決して交わる事なき天敵である。

 ワタシたちにとって、人間どもが喰らう食い物は然程の意味を持たない。

 ワタシたちにとっての食事とは、人間どもが霊力などと呼ぶ力だ。


 霊力は、この空気、この大地の中にも存在する。

 しかし、あまりに薄い。

 弱小なワタシの同胞ならば、そのごく僅かな霊力でも自らの命を維持する事も出来るかもしれない。

 だが、ワタシには不可能だ。あまりにも、足りない。


 だから、人間どもを喰らう。

 連中は霊力の塊だ。

 そこらの虫や畜生を喰らうよりも、ずっとずっと腹が満たされる。


 だが、連中もやられてばかりではない。

 ワタシたちの活力たる霊力を刃に変え、ワタシたちを殺す術を編み出している。


 お互いがお互いの天敵。


 それがワタシたちと人間どもとの関係だった。


 あの日も、そうした食事だった。

 小腹が空いた為、適当な餌を探して人間どもの里へと降りた。

 そこに、ワタシたちを殺す術を持った人間どもが殺到した。


 いつも通りに殺せると思った。

 今までにも何度か襲われたが、撃退し、喰らってやった。

 だから、今回も同じ事だと、そう思った。


 今にして思えば、どれ程の危機感の無さかと、情けなさで居た堪れない。


 油断しきっていたワタシは、あっさりと追い詰められてしまった。

 力を振り絞って何とか逃げ出したが、受けた傷は深く、ニ、三匹人間を喰らった所で回復しきれない程だった。


 そこに、御主人が現れた。


 最初はカモだと、思った。


 なにせ、あまりに幼かった。

 人間の幼体はあまりに脆弱で、とても簡単に喰える餌である。

 加えて、御主人は並みの人間よりも遥かに多い霊力を宿していた。

 御主人一人喰らうだけで、十匹以上もの人間を喰らうに等しいほどの力を宿していたのだ。


 だから、喰おうと思った。

 だが、それはあまりにも身の程知らずだった。


 今、思い出しても背筋が凍り付く思いだ。


 あの、絶望的な霊力の圧。

 今まで、どんな霊力であろうと、たとえ刃に変えて自らを傷付けた物であろうと、忌々しいとは思えど怖いとは思えなかったそれが、とんでもなく怖い物だと思い知った。


 御主人は、それを盾に、ワタシに従属を求めてきた。


 悩む余地はなかった。

 あの恐怖の前には、ワタシの尊厳など塵芥に等しい。


 その選択は、正しかったのだと、今ならば思える。


 御主人の軍門へと下ったワタシは、御主人の棲み処へと招かれた。


 そこは、楽園だった。

 あまりに濃密な、霊力。

 ただそこにいるだけで活力が漲ってくる。

 今まで喰らってきた人間どもが、何の味もしない土くれのように思えるほどの力が、そこには溢れ返っていた。


 それだけではない。

 そこには、ワタシと同じように霊力を糧に育った草が大量にあった。

 御主人に訊ねれば、食べても良いという話だった。

 むしろ、食べろと言ってきた。

 抜いても抜いても生えてくるのだと。


 それはそうだろう、と思った。


 これ程の濃密な霊力なのだ。

 放っておいても草など変異する。


 そこらの人間どもとは比べ物にならない程の力を宿した草は、とても美味しかった。

 天にも昇る味とは、この様な物なのだろう。


 その時点で、ワタシは心から御主人へと従属した。

 この楽園へと導いてくれた偉大なる御主人のお役に立とうと心に決めた。


 最初は、この草むらの管理から始めた。

 霊力の弱いものや枯れかけたものを優先して喰った。

 そうしている内に、優良な草ばかりが残り、その種が残って、次代はより優良な草となる。

 その好循環が生まれた。


 御主人に褒められた。とても喜ばしかった。


 そして、次に御主人はワタシの糸に目を付けた。

 人間どもは服とかいう物を着ており、それを作るのにワタシの糸は有用なのだという。

 ワタシは出来る限りの糸を吐き出した。

 御主人は無理をするな、という。

 優しさ、ではない。

 倒れられるとワタシという糸の生産者がいなくなるからだ。

 そうと分かっていても、心配してくれる事が嬉しかった。


 そんな日々を送っている内に、ワタシの身体が変質してきた。

 そこらの草と同じように、ワタシの身体に霊力が馴染んできたのだろう。


 足先が刃の様に鋭くなり、身体能力が大きく上昇した。

 感覚的な物ゆえにはっきりとは分からないが、毒や糸の性質も向上しているように思える。


 安寧の日々だけでなく、それを守る為の力すら与えてくれるなど、御主人はなんと素晴らしいのだろうか。


 そして、昨夜、遂にワタシは運命の人間と出会った。


 御主人の妹君、名をサキというらしい。

 彼女のあまりにも鮮烈な霊力に、ワタシはたちまちの内に虜となってしまった。


 御主人は遊びたい盛りのサキ様の相手をしろ、と言った。

 大変に光栄な事だった。


 御主人はサキ様に傷一つ付けるな、と言った。

 言われるまでもないと思った。


 楽しそうに笑われるサキ様が愛おしい。

 この命にかけて守りたいと思わせてくれる。

 どんな我儘だって聞こう。

 ワタシはサキ様の僕である。

 そう思える事が、とても心地よかった。


 そして、今日、どうやら木端な同胞どもが人間どもの里で暴れているらしい。

 御主人は所用で棲み処を空けるから、その間の守護を任せられた。

 ワタシを信頼して、その大任を任せてくれたのだ。

 これ程の栄誉があろうか、いやない。


 完璧に、確実に、命に代えて、その任を果たさねばならない。


 ワタシは至福に包まれながら、そう心に誓ったのだ。


「ぎっ」「ぎぎっ」「ぎぃぎぃ」


 外と内を隔てる扉の外から、そんな声が聞こえる。

 間違いなく、同胞どもの声だ。

 役に立つ時が来たのだ。

 ワタシは、牙を剥いて戦闘態勢を取った。

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